少し前、祖母が亡くなった。
祖母が亡くなる1年ほど前に、祖父が亡くなった。
祖父は10年ほど前に脳梗塞を患い、その後遺症から、物忘れが激しくなった。
俺は大学に在学中、そして社会人になってからも、可能な限り実家に帰り、祖父母に顔を見せていた。
俺の親は共働きだったので、小学生の頃は、学校が終われば、近所の祖父母の家に行って、親の仕事が終わるのを待つのが日課だった。
祖母の見よう見まねで料理を覚え、祖父の夕飯にも出した。
「うまい、うまい。これは将来料理人だな!」と言ってくれたことが今でも忘れられない。
病弱だった俺が熱を出すたび、祖母は車の免許が無いからタクシー飛ばして総合病院に連れて行き、
本当につきっきりで看病してくれた。
祖父母には、書き連ねることが出来ないくらい、沢山の恩がある。
大学生になって、離れて暮らすようになったけど、できる限り顔を見せに行こう。
祖父母に顔を見せ、他愛の無い話をする。
物忘れが激しくなった祖父の話は、同じ話を繰り返す。が、それでも聞いて受け答えする。
母親が言う。「あんた、よくずっとおじいさんの話聞いてられるねぇ。」
俺は特に苦痛は感じなかった。祖父の中の俺の記憶が薄れてきているのを感じてはいたが、それでも苦にならなかった。
何年かそんな状態が続いたが、祖父は入院し、そのまま天に召された、
少しは恩を返すことができただろうか? と、そんなことを思っている暇は無かった。
アルツハイマーだそうだ。
朝から晩まで、居間でぼーっとしている。暗くなっても電気もつけずに。
祖父がいない初めての正月。アルツハイマーが進行した祖母は、地元を離れて10年以上経っている俺のことを、ほとんど覚えていなかった。
あんなに明るく朗らかだった祖母は、もうそこにはいない。いるのは、小さく弱々しくなった、俺のことを覚えていない祖母。
俺はそれが辛くて耐えられなかった。
何かと用事をつけて、実家に帰らなくなった。
それが続いて1年、祖母も後を追うように天に召された。
これ以上自分が傷つくのを恐れて、恩返しが出来なかった。
泣いてかすれた声で、そう言うのが精一杯だった。
こんなところで言っても届かないことは分かってる。けど、言わせてくれ。
「ばぁちゃん、ずっと世話してもらって、いっぱい迷惑かけたね。長い間ありがとう。
いつになるかは分からないけど、俺がそっちに行ったときは、またあのときみたいに、
ばーちゃんと晩飯作って、じーちゃんに食べてもらいたいな。」