2014-03-20

現代ベートーヴェンを生んだ社会について

現代ベートーヴェン」、佐村河内守聾者を装い、別人に作曲をさせたもの自分作曲したと偽って、収入を得ていた男。

彼を取り扱う記事は一様に彼に批判的である。それは尤もなことだ。なぜなら彼は詐術手法収入を得たのだから。彼が間違った人間であることは、自明であろう。矯正しなければならないだろう。

しかし、彼の詐術を通用させたこの社会は、間違っているのだろうか。もう二度と「現代ベートーヴェン」を生んではいけないのだろうか。私はそう考えない。

彼が聾者であるからと考えて、CDを買った人があるかもしれない。その購入者を一様に「音楽センスがなく、コピーだけで買う偽善者」などと考えていいのだろうか。答えは、NOだろう。新垣氏の作曲した曲が素晴らしいかはさておいて、「聾者作曲した」というコピーで買うことが、「偽善的」であるとは思えない。障害者は、このような芸術的分野であるしろ、あるいは他の製造現場などであるしろ、必ずしも就職が容易であるとは言えない。生活保護受給者の内、3分の1は障害者であるといわれるほどである。その様な彼らの取り組み、あるいは発表に対して、支援の気持ちを表すのは、むしろ障害者の就労支援にとっても、国民意識の啓発にとっても、よいことなのではないかと考えられる。

彼を取り上げたメディアに対しても同じようなことが言える。障害者をまったく我々と関わりのないところに生きていると考えないで、芸術家として向きあった。そのことは決して糾弾すべきことではない。また、見破れなかったことも、彼の人格尊重し、彼の言葉を重んじたならば、それも仕方のないこと。

この「現代ベートーヴェン」問題は、ひとえに彼、佐村河内氏と、新垣氏によってなされたことであって、彼を生み出した社会を責めるべきではないと思うのである

  • 現代のベートーヴェンといえば、俺らの間ではふつう藤倉大のことをいう。 佐村河内ごとき、現代のベートーヴェンと呼ぶのは馬鹿げている、という認識がおおかただった。 「よく書...

  • ええとね、「大江光」「和波孝禧」「辻本伸行」「フジ子・ヘミング」「川畠成道」あたりでぐぐってみてからそういうことは言おうね。 クラシック界ではもともと、障害と結びつけて...

    • 横レス失礼します。 クラシックに詳しい知人も同じように佐村河内を批判していたのだけれど、その時はいまいち納得できなかったが、ようやく理解できた。 佐村 河内の作品が本当に...

      • お返事どうも。 言いたいことはわからなくはないんだけれど。 それに対してお金を払おうと思う人が、批判されるのは変な話だ。単なる個人の趣味に難癖つけてるのと同じだと思う。...

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん