恋愛恐怖症という病名があるかどうかはわからないが、僕は今、そういった類の恐怖症にかかっている。
原因は4年前に、好きだった女の子に振られたことだ。
第一印象は、真面目そうな女の子だなあ。とか、天然そうだなあとかそんなの。
第二印象は、気配りのできるすごくいい子だなあ。優しい女の子だなあ。
とまあ、社会人になって初めての合コンってのもあって、自分のなかで彼女への期待を膨らませた。
食事の席で、出てきたポトフに
と僕にしか聞こえないような声でボソッと言った言葉に、僕ははじめて「結婚」を意識してしまった。
彼女の手料理を想像して、この人と結婚できたらいいなあとか、そういう憧れを抱いた。
帰り際は、「風邪をひかないようにね」と、手を握られ、
メールをしたし、電話をしたし、二人で食事もした。彼女はいつでも優しかった。
何度目かの食事で、
「好きなんだ」
と伝えた。
その言葉はあらかじめ用意していたわけでもなく、意を決したわけでもなく、気が付いたら自然と発していた。
喜んでくれるだろうかとか、同じ気持ちになってくれているだろうかとか、そんな不安はなくて。
たとえ振られることになっても、彼女なら優しい言葉で振ってくれるだろうなっていう、安心があった。
「付き合ってほしい」という言葉は、咽喉元まででかかって、すぐに出すのをやめた。
彼女の反応を見ると、それまでの穏やかな表情は消えていた。
今までに見たこともない『恐怖』の表情に変わっていた。
その日は、僕も「ごめん」とか「怖がらないで」とか、弁解の言葉にすべてを費やして、彼女を俯かせたまま岐路に着いた。
真面目な彼女からは、食事の後は必ずお礼のメールをくれていたが、その日はなかった。
怖がらせてしまった自分の非を感じて、謝罪のメールを入れようとしたが、言葉が見つからなかった。
結局、自分の好意が相手を怖がらせてしまった以上、これ以上深入りしないのが、大人の判断だよなと、
なにより、彼女の恐怖に脅える表情が、あまりにショックで、どうしていいか何もわからなくなっていた。
結局、何もできなかった。
それまであった自信とか、自尊心とか、好きになる気持ちとか、いろんなものが折れた気がした。
心が、音を立てて折れた、その音を僕は聞いた。
怖がられて振られたけれども、それでも彼女のことが好きだった。
4年たった今。
思い出すと胸の痛みあるけれども、とりわけ落ち着いている。ただあれから恋愛はできていない。
相手からの好意を自覚した途端に、動悸がして不安になったためそれからの連絡を断ってしまった。
相手は決して、悪い人ではないし、きっと過去のことがなければ、いい関係を築けたと思う。
こんな僕だって恋愛したいし、人は好きだし、大切にしたいものもある。
だけど体が受け付けない。
おそらく彼女も僕と同じ症状だったのかもしれない。