2012-05-19

http://anond.hatelabo.jp/20120518154450

本当に同意できる。アジア旅行とか、日本一周とか、サークル幹事とか、バイトとか、シューカツで受けの良い活動はいろいろある。

でもそれに対するオトナの評価っていうのは、期待に沿って規定通りに活動した人間に対して向けられた規定通りのもてはやしに過ぎないんじゃないか

『オトナの人から受けの良い活動』ってのがそういう意味ガチガチに固まってるから、本当は自由なのに規定に沿ったシューカツの話題作りをしなきゃいけない、それをしないとオトナ受けしないんだ、っていう閉塞感がある。一見すると何をしてもいいんだけど、自分の才能の生かせる好きなことをやっても、けっきょくそジャンルに割り当てられた枠にはまった評価しかもらえない。

例えば、アジア旅行という唯一無二な経験は、周りから賞賛されることでいつの間にか周りが期待する定まった鋳型の中に溶かし込まれてしまう。そのときアジア旅行はもうすでに人生との深い関わりとしての貴重な経験ではない。ちょうど名刺履歴書に略歴の一つとして書き込んで、「はい、こういう者です」とオトナに差し出すような、学歴とか資格と同じような権威ひとつになっている。

から、自由なのに実は『ライフハック的な「いいこと」』へのオトナの強い期待をシューカツ生はシューカツの中でひしひしと感じ取らざるを得ないし、結果としてどうしてもみんなそっちの方向に歩み寄ることになる。

シューカツの気持ち悪さっていうのは、個性とかクリエイティブとかお題目を唱えながら、その裏でオトナとの関係の間で生まれる得体のしれない権威必死に寄り添ってるシューカツ生の苦慮を見て感じるものじゃないのかなあ。

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