増田家(八)の領土は史上最大となり、そして史上最大の危機にあった。
増田家(士)との戦争で本貫地を荒らされ、一度は決戦に敗れ、極限までの動員を強いられた。
なにより深刻なのは、かつての本拠地で継続している一揆の存在だ。
増田家(士)の横暴をうけて決起した彼らは独力で侵略者を追い払ったのだと過信し、
独立や自治の大幅な拡大を求めていた。
増田家は外敵から彼らを守る義務を一時放棄したわけで、しかたのない面はある。
だが、巨大な領主に戦功以上のものを認めるつもりは、さらさらなく、官僚たちにねばり強い交渉を継続させていた。
内憂に対して外患である増田家(四)も増河決戦後の無理が祟って活力を大幅に減じている。
それでも、増田島に一対一の存在になった事実は重く、早期の統一による平和を求める世間の圧力もあって、
最悪の場合、増田領(八)の内部で増田島の群雄割拠が再現されるだけなのだが、
相手が意識なき増田島の統合意思ではそれを指摘しても説得しようがない。
両者は神経と国力をすり減らしながら共に戦備を整える状況だった。
そんな中、キャスティングボートを握ることになったのが、西の祖国を取り戻した増田家(十)当主である。
彼は「主君」から再三の出兵を求められながら、言を左右にして逃げていた。
実際に旧増田領(士)の平定に手を焼いていることや、船団が嵐に遭い兵力の六割を失った事情があって、
兵の抽出は困難だった。
しかし、それだけではない。彼には増田家同士が消耗した状態で中央に打って出れば、
漁夫の利によって天下を得られるのでは?という野心が確かにある。
お家を再興できただけでも恵まれているのに天下を望んでしまう。
人の欲望には限りがない。あるいは傭兵となって天下を見てきたからこそ、
それを手に入れる夢を見てしまうのかもしれなかった。
少なくとも出兵の見返りに増田(九)領くらいは手に入れたいものだ。
甘い考えに溺れていた当主は鼻歌交じりに寝室に入ったところで、その鼻をひくつかせた。
「タレカアル!?」
不審を通り越して恐怖を覚えた当主はふすまを開けて人を呼んだ。
「ここに」とやってきた一人の男に安堵するも、よく見るとまったく知らない顔だ。
「お主は誰じゃ!?」
そいつは鍋が煮立つように笑う。
「拙者は増田。誰でもあり、誰でもない。時にはお主自身でもある……こぉんな風に!」
男の顔は当主の顔と、うり二つに豹変した。それでいて、まがまがしい瞳の奥は底が見えない。
「ぬぉおおおおっ!」じょばばばばば
当主は失禁しながら刀を振り上げた。――その動きが布団をはねのけて、彼は目覚めた。
「……夢か」
しんと静まりかえった寝室を見回す。そして気付く。
増田家(士)と同じように、忍びいくさでは「主家」に敵わないと判断したのだ。
もっとも忍びの働きも本人の解釈にすぎず、彼が来て見て嗅いだモノの正体は後世に至るも謎のままである。
前回
http://anond.hatelabo.jp/20160617032710
次回
みやこの喪失により増田家(八)の勢力は大きく後退した。 地元が戦場となっただけに背走する軍隊からは大量の脱落者が生じる。 だが、その一方で増田家は致命的な一撃を敵にむけ...
後増田氏と同盟を結んだ増田(八)軍は西から進撃してくる増田軍を迎撃するため、みやこの脇を流れる増江川に陣を張った。 敵味方あわせて十五万をこえる大戦のはじまりである...
急いで増田家(八)との同盟を成立させた増田家(五)は、北の空白地帯の奪取に兵三千を送った。 浅ましい態度であるが、長い間平野部に逼塞を余儀なくされていた増田家にとっ...
増田家(五)は元は異なる名字の家であった。 しかし、二代目のときに増田島平野部をむかし支配していた家にあやかって名字を増田に変えた。 そのことから後増田家とも言われる。...
敵に本拠地を囲まれた増田家(九)当主は三人の息子たちを前に起死回生の秘策を語らんと欲した。 彼は包囲軍から滷獲した戦闘用に調教された熊(武熊)を三頭、庭に準備させた。 ...
北の増田家(一)が謀略によってあっさり滅亡したことで増田家(四)は周囲から孤立した。 さいわい増田家(八)が増田家(五)との戦いに集中していることは、いろいろな情報...
増田家(八)軍師、増田匿兵衛(かくべえ)は、増田大学に言った。 「旧増田領は敵にとって、間引きしそこねた柿の実のごとき場所。 いずれは熟さず落ちるのに栄養を送り続ける...
ついに増田家(士)と増田家(九)の野戦軍は増原の野で対陣した。 まずは小手調べ。両軍の先鋒が刃を交える寸前、増田家(士)の武将が素っ頓狂な声をあげた。 「しばしまたれ...
増田家(二)の人材は増田家(一)に降伏したため、仇敵の本拠地、増湊に人質を取られ働かされていた。旧増田領が占領されてからは特に肩身が狭い。 そんな増田一族の一人に「...
「失礼します」 巫女装束の娘が増田家(四)新参家臣、増田典厩の部屋に入ってきた。 しずしずと洗濯物を運ぶ彼女は――突然、すっころんだ。 「あっ、も、もうしわけありませ...
「どういうことぢゃ!?」 増田典厩はひさしぶりに実家に帰ってきた娘を詰問した。彼女はまず平伏した。 首尾良く増田家(八)内部に入り込んだ娘は増河の合戦時点では正確な情...
最後まで主体性をたもって生き残った二つの増田家。 増田典厩の尽力により、その当主会談が旧増田領(六)で開催される運びとなった。 二人はそれぞれ供をひとりだけ連れて、竹...
一年以上の準備期間を費やして増田連合軍は北方異民族追討の兵をあげた。 遠征軍には中心的な増田四家の当主がすべて参加し、統治の安定ぶりを誇示している。 会談では他家に強敵...
「最後まで負け戦とは締まらぬ結果じゃ……」 「大事の前の小事にござりますぞ」 「うるさい、余は初陣であったのだぞ」 「はいはい」 「はいは一回にせぬか。だいたい左翼に比べて...
北方異民族を追い払ったことで増田島に泰平の世が訪れる。 共通の敵と戦ったことで各家にくすぶっていた敵愾心は冷却された。 それ以上に効果的だったのは増田家(八)が他の三家...