諦めたというか、この業界の闇を見てしまい、それで夢から覚めた。
連載がもう一本増えることになり、アシスタントを他にあと二人ほど雇うことになった。
それは、ある程度の作業の速さとクオリティの高い技術を持った人だという意味だ。
自分は今まで、そういう「ベテラン」の人に会ったことがなかった。
周りは自分と同じ世代で、素人に毛が生えた程度の人たちばかりだったから
上の世代の人は一体どんな凄い技術を持っているのかとワクワクした。
アシ歴約20年の男性。年齢は40後半。
そして、老眼だった。
彼の描いた背景を見て、自分は目を疑った。
あまりにも線がガタガタ歪んで、お世辞にも上手い絵とは言えなかった。
先生は黙ってその絵を見つめていた。
しばらくして、「じゃあ今描いたコマ、トーンを貼ってください」と言った。
先生の指示通りにトーンが貼られ、それを見た先生はまた黙った。
そして、「うちではちょっと採用できません。今日の分の給料を渡すので、今日はもうあがってください」と言った。
そのベテランはたった数時間一コマ描いただけで1万5千円を貰っていた。
年をとれば老眼になるのは当たり前のことだから仕方がないとはわかってはいるが、
「お役に立てずすみませんでした」と言い、その人は帰って行った。
彼が帰った後、先生はその原稿をぐちゃぐちゃに丸めて捨てていた。
この仕事場での食事はもっぱらコンビニ弁当だけで、自分たちに選択肢はなかったが、
その人はそれに文句を言った。
「キッチン使わせて貰えるなら、自分で勝手に作りますから気にしないでください」
「いや、妻が怒るので、キッチンは基本的には使わないでください」と先生は言った。
「あ、奥さん料理なさるんですか?今僕がレギュラーで行ってるxxさんのところは、奥さんが作ってくれているんですよ」
「……はあ。でも僕の妻は平日は仕事でいないので」
そんな感じの会話が繰り返された。
その人はもう二度と仕事場に来ることはなかった。
ある日、先生が飲みの席で言った。
他にも色々な人が出入りし、自分はその度に漫画家になる気がなくなっていった。
「せっかく技術を身につけたんだから、他の仕事場と掛け持ちして食べていけばいいのに」
仮に連載が取れたとしても、売れなかったら?寝ずに働いて、年収xx万円?
その先輩は、一度だけ読み切りが載り、
連載用のネームを切っていると言って数年が経っていた。
三十代中盤に差し掛かった先輩の言葉は、自分にはとても痛々しく思えた。
「一体いつまで漫画家を目指せば気がすむんですか?」とは、とても言えなかった。
漫画に限らず音楽でもスポーツでも、中途半端な成功体験がある人が苦労するんだよね。