はてなキーワード: やおいとは
個人的には、どんなに非道徳的なエロでも規制すべきではないとおもう。
想像力の赴くままにやったらいい。
ただ、子供の生活には、絶対に入りこませてはいけない。
レンタルビデオ屋とかでも子供連れて、エロコーナーにはいる親とかいるもんな。
信じられん。
とにかくゾーニングをしっかりすること。
コミケ等における同人誌の販売は、エロ限定の会場で入場時にID確認の義務。
違反者には法的な罰則を設ける。
そして、認可を受けた小売店のみが上記の商品の販売をおこなう。
入店前に必ずID確認の義務。
性犯罪等により、法的に罰せられたものは永久に入店を禁止。
これくらいやったら、あとは何でも自由にやったらいいと思う。
ショタ犯したくてたまらない。
毎晩妄想する。というか真昼間から妄想してる。夜は自慰もする。この衝動を慰めながら生活している。
強い男の人が弱い男の子を強姦するやつが好き。なにも知らないような子をヤっちゃうのが好き。
おねショタは嫌い。気持ち悪い。
キャラ×私もノーマルカップリングもありえない。セックスさせないで。汚さないで。汚れる。
レンきゅんは一生童貞。非処女。それが一番理想的。つまりレンきゅんは受け。
もし私が男だったならやおいにはまることはなかっただろう。
わざわざ腐男子にならなくたって、女という弱者がごろごろ商品化されている。ショタやロリである必要も無い。
踏みたい。レンきゅんの股間踏みたい。
レンきゅん愛してる。
暴力的欲望を捨てられない。認めるしかない。悲しい。でもどうしても萌える。
強姦が一番萌える。犯したい。自分のものにしたい。依存させたい(依存「される」のは面倒だな。攻めに依存していてくれればいい)。
自分は陵辱を欲している。ということは物語の中で陵辱を肯定しようとする。
美しい関係であってほしい。見た目もストーリーも麗しくなければいけない。
痴漢うざいね、最低だね、しね。
でも同人誌の結末は、「だってそれって彼らの愛なの」、こうでなくちゃいけない。
レイプされたくない、したくもない、セカンドレイプも撲滅したい。
やおい同人誌欲しい。描きたい。発行したい。ペニスで屈服させたい。
誰か私の欲求をわかってください。
無い事は無いものを好む者です。男性向けも買います。
なんというか、納得できる腐女子論が少ないのは、腐女子にもいろいろいるっていう根本的なことがわかってないからだと思う。
やおいとBLはまったく違うし、「腐女子」がライフスタイルである女性と、「腐女子」であることが趣味である女性とは、スタンスが全く違う。
ベン図にするとかぶってることが多いから、その違いが捨象されてしまうんだろうけど、本当は全く別個に語るべきカテゴリにいる人たちをいっしょに論じているから訳がわからないことになる。
根拠のない脳内妄想による腐女子論をネットにぶち上げることは全く構わないし、それをすることは日本人に普遍的に与えられている権利なのだからむしろ自由にすべきなのだけれども、もし今から腐女子論を書こうとしている人がいたら、できればいま自分が書こうとしている腐女子はどの腐女子なのかってことを文頭で明らかにしてほしい。
そうしたらきっと返ってくる反論も的を射たものになって、結果として有効な議論になるんじゃないかなあ。
そもそもカテゴライズが間違ってんだよっていう反論を延々受け続けるのは不経済だし、論者が望むことでもないよね。
まあ、フィールドワークをしていない文化人類学者の論文がふつう鼻にも掛けられないのと同じで、ある文化について書くならその文化をよく知っておくことは当然。
整頓はそのうち。
腐女子関係はもうちょっとかかりそうなのでとりあえずアニメ、漫画オタク全体の話。
以下いろいろ分かったら徐々に書き足す。
『「おたく」の精神史ー一九八〇年代論ー』大塚英志 講談社 2004
『異文化とコミュニケーションーオタク国家・日本の危機ー』島田裕巳ほか 日本評論社 1991
『天使の王国ー「おたく」の倫理のためにー』浅羽通明 JICC出版局 1991
『たけくまメモ』 http://takekuma.cocolog-nifty.com/
『やおい少女の来し方行く末』 http://www.hmt.u-toyama.ac.jp/Socio/lab/sotsuron/98/yamane/
ビーダーマイヤー朝
創
コミケの隆盛の話
受けが男である必要性
DSM-IVでは誇大な感覚、限りない空想、特別感、過剰な賞賛の渇求、特権意識、対人関係における相手の不当利用、共感の欠如、嫉妬、傲慢な態度のうち5つ以上が当てはまることで示されるとされている。
自己の重要性に関する誇大な感覚(例:業績や才能を誇張する、十分な業績がないにもかかわらず優れていると認められることを期待する)
限りない成功、権力、才気、美しさ、あるいは理想的な愛の空想にとらわれている。
自分が"特別"であり、独特であり、他の特別なまたは地位の高い人達に(または施設で)しか理解されない、または関係があるべきだ、と信じている。
過剰な称賛を求める。
特権意識、つまり、特別有利な取り計らい、または自分の期待に自動的に従うことを理由なく期待する。
人間関係で相手を不当に利用する。つまり、自分自身の目的を達成するために他人を利用する。
共感の欠如:他人の気持ちおよび欲求を認識しようとしない、またはそれに気付こうとしない。
しばしば他人に嫉妬する、または他人が自分に嫉妬していると思い込む。
尊大で傲慢な行動、または態度。
http://anond.hatelabo.jp/20090930114312
「やおい」も「BL」も単なる人形のキャラクターを動かしているだけ。ただのごっこ遊びだから、別に罪もないし、クオリティもたいしていらない。
○○ちゃん人形とかを並べて、適当に役割ふって、ドラマみたいなものを作って、遊んでいるだけ。
ただし、女性の人形遊びは「空気の読み方を覚える」という切実な理由があるから、わりと真剣度は高い。女性で空気読めないと、男性の比ではなく「居場所」が無くなる。女性って生まれながらに回りの空気に合わせるのが当たり前だと思われてるから。でもねえ。訓練無しに読めるわけじゃないんだ。
逆に言うと「やおい」や「BL」は男性なのに細やかな空気を読む、あり得ない男性に、あり得ないシチュエーションで、あり得ない恋をさせたりするんで、男の目に触れたら「男性で遊ぶんじゃねえ」と反感買うの必至なんだよね。わかってるからコソコソやってるんだから、ソッとしておいてあげてよ。日本は男性社会なんだよ。女性に睨まれても「生きにくい」で済むけど、男性に睨まれたら「生きていけない」んだ。勘弁してよ。
http://anond.hatelabo.jp/20090930114312
火のないところに煙をつけて妄想するのがやおいの人たち。もともとホモでないキャラを勝手にホモにしてるという負い目があるのでおとなしくしてるか、異様に攻撃的になる。
さらに自分たちがホモになれるわけもなく別段ホモの人たちに援助活動をしているわけでもないので、さらに負い目を感じることになる。
男性向けの場合は、「ひょっとしたらありうるかもしんない」というあたりで折り合いがついている。触手とかありえねーんだが、まあ広い宇宙のどっかにはいるかもしれんし、そもそも大前提として男女のセックスはある、という考え方があるので平然としていられる。
あと、男性の性欲は認められていて、女性の性欲は放置されてるということ。女性が男性向けのような作品をつくろうにも、いい大人にならんと資料が圧倒的にすくない。エロのためならどこにでも突撃できる中学生男子と違って、女性はどこを触ったら気持ちいいのか、イくのか、ってことは感覚的に理解できないんで(下手打つと既婚女性ですら)、作品にも反映できない。
ってことになってるけど、やおいを潜らせたい理由はそれだけなのかな。
女が積極的にエロいことを考えてるのがなんか嫌、っていうのもない?
男芸人はそうでもないけど女芸人の下ネタ(エロネタ)はなんか生々しくて嫌だし、
女性向けの性風俗は男性向けのに比べると少ないし。(女子だってお金払って適当な相手とお手軽にセックスかそれと同等のことしたいって思わない?)
百合だってやおいと同じくらい気持ち悪いと思うけど「隠れなきゃいけない」って言われてるのはあまり見ない。
でもやおいはやってる人たちも、外野も、隠れろ隠れろってことになってるのがなんか不思議。
ちんこは外に出てるけど、まんこは中に入ってるから??
24歳関西在住、レズビアン寄り、彼女持ちのオタクで腐女子な私が答えます。ちなみに若い頃は堂山で結構遊んだりしたタイプです。
ヘテロでない私が答えてもあまり意味がないかとも思うのですが…腐女子なので。
質問に対する答えの前に、まず。
私もよく思うのですが、mixiや2chの同性愛板とか見るとミソジニーバリバリで女のこと性器の俗称で呼ぶのが普通なゲイの方ばかりに見えますが、今までリアルで会ったゲイの方にそんな人は一人もいませんでした。
1.「オネエマンズみたいなオネェ」は珍しいと思いますが、オネエ言葉を使う(もちろん場によって使い分けているのでしょうが)ゲイの知人は何人かいて、使わない知人もいて、「どちらも普通」ととらえていたので、「知っている」とは言えないかと思います。
2.これは難しい問題だと私は考えます。
ですが、少なくとも三次元でロリコンの方が自分の欲求を満たしたらそこには「被害者」が発生します。ロリコンの方が対象にする相手の年齢上、「合意」は発生し得ません。
「ロリコンであるというだけで不当に差別するな」というような言説には、同意します。
ですが彼ら/彼女らの「好きな相手と自由に恋愛や性行為をする権利」を認めるわけにはいきません。こう書いてみると、とても悲しいことですが…。
3.何がしたいのか…腐女子である自分でもうまく言い表せません。
非ヘテロな腐女子の一意見ですが、男女のラブストーリーよりも同性同士のラブストーリーのほうが感情移入できる、というところは非常に大きいです。それが自分と全く違う「男性と男性」であっても、同性愛であるということに変わりはありません。
主人公が同性愛者だという設定の作品や、少しでも同性愛に関する社会的な問題に触れている作品には、思春期の頃とても勇気づけられた思い出があります。対してその頃は「百合」作品はほとんどなく、あってもあまりに生々しく古臭くアダルティーだったりしてレズビアンとしての私の自己評価を著しく下げてくれました。大人になった今なら、楽しんで読めるかもしれませんが。
また、やおい・BLの書き手は女性が多く、登場する男性たちはかなり女性的な感性の持ち主が多い(これも「明らかにありえない世界」ですよね?)です。そういう意味で、女性として感情移入できます。
今は百合もとても多くなりましたが、「男性向け」で「男性の感性で描かれている」ので感情移入できないだろう(描かれているのが「女性と女性」であっても)という偏見や、「どうせ女性同士の恋愛を疑似恋愛扱いする作品ばかりなんでしょう?」という根拠のない(これはさすがにひどいと自分でも思います…直したいです)偏見があって、今のところはほとんど手を出していません。好きな作品もいくつかはあるのですが。
あと、これはヘテロな腐女子の方にも多いと思うのですが、「一時的に女という立場を捨てて娯楽作品を楽しみたい」という思いはやはりあると思います(男になりたいという意味ではけしてありません)。
リアルはちょっと…と実際に言い放った友人が昔、いました。何を言っているのかさっぱりわかりませんでしたし、軽蔑の感情を抱きました。はっきりと、失礼だと思います。
やおい・BLの中でも無邪気なホモフォビア的表現のある作品はあります(昔にくらべればかなり少なくなったかもしれませんが)。そういった表現に私は耐えられません。
4.私はほとんどカミングアウトする側ですが、あからさまに引かれて仲がこじれたのはたぶん一度だけだと思います。ある程度相手を選んでいるので。
されたこともありますが、引いたりはしません。もちろん。
5.それは「ゲイじゃないけど相手や場合によっては男もいけるかな?」という人のことでしょうか、それともゲイの人のことでしょうか?
…ごめんなさい、男性の方の考えがよくわからないので、勝手で申し訳ないのですが女性に置き換えさせてください。
「自分がレズビアンやバイだとは思わないけれど意外と女もいける(いけた)」女性は結構います(そういった人々は往々にして責められがちですが、私は悪いことだとは思いません)。
長くなりましたが、以上です。
知人27歳。何に感化されたのか知らないけど
最近「自分がやおいを好きになった理由」を女性的なナンタラ、男性的なナンタラで延々語る
ちなみに彼女のなかで決定的な解はないらしく、聞くたび意見がころころ変わっている
ここまでは「ああ、自分語りの一種なのね」と相槌を打っていたけれど
「同じようにやおいが好きなのに、私のように女性という『性』へ対して疑問を抱かない腐女子はバカ」
「今いる腐女子の9割は既存の女性差別を何の疑問なく受け入れてる」
「ジェンダーリテラシーが低いからローカルルールみたいな悪しき習慣が広まる」
などと言われたらさすがにゲンナリしてしまった
「まぁ、世の中にはいろんな考え方の人がいるから・・・」とお茶を濁したら
「そういう曖昧な意識が蔓延していることが問題、もっと危機感を抱け」と返された
お前がジェンダーで物事を考える自由があるように
私にもジェンダーで物事を考えない自由があると思うのだが
「私は別に気にならない」と言うと
左様でございますか。
新しいモノサシを手に入れたら、何でもそのモノサシではかりたくなっちゃうよね
アレなのかなぁ
http://d.hatena.ne.jp/emifuwa/20070420/p1
やおいが肉体性に依存しない概念だとすれば、百合はどうなのだろう。
男女や男男にも百合は成立するのだろうか?
この話題は男女逆にすると全然当てはまらないな。
やおいは友情の延長として捕らえられる傾向があるけど、百合は違うと思える。
百合オタに女同士の友情が~とか言っちゃうやついるのかな?
杉浦由美子著『腐女子化する世界』によると、BLは女性性が排除されたラブストーリーという、自分が感情移入する余地がない点が腐女子にウケるんだそうな。
普通の少女漫画は自分自身と重ね合わせられるような等身大の女の子が主人公だったりするわけで、そこが人気の元であることも多いんだけど、そういう要素のないあくまで第三者的目線で傍観者として物語を楽しみたいっていう需要もまた大きいみたいなんだよね。
ちなみに腐女子の中には過去に男性関係でなんらかのトラウマを持った影響で、いわゆるNL(ノーマルラブ=男女による交際)が駄目になった人もいるとのこと。元増田さんの彼女さんはそこまでじゃなさそうだけど。
gdgdでまとまんなかったけど、とりあえず、「自分が鑑賞したいもの」と「自分がしてもらいたいこと」は必ずしも合致するわけじゃないんだよってことだけ知っておいていただけたらと思います。
とりあえず土俵を同じにしようや。
自分が男だと仮定してみようよ。
怖いと思うよ。
「お兄さんは、君たちにはハァハァしないから!この絵の中のガチムキにハァハァしてるんだから!」
とか言われたって、恐怖です。
その小学生が思うのと同じ恐怖(気味悪さ)を同じように感じるだろ?
そして、男も小学生と同じように「本当に二次のみか?」って疑問を持つだろ?
腕力、合意とかについては同意するが、あんまり比較状況を変えるべきじゃない。
むしろ意味がなくなる。
それならホモエロの小説や漫画が人目をはばからず売られるなんて事ありえねぇよ。
自浄はするが、自制はしないのか?
「私たちは、男たちにはハァハァしないから!この絵の中のガチムキにハァハァしてるんだから!」
だろ?
意味ワカラン。