はてなキーワード: ウィキペディアの日とは
キャンディーッス
本日はウィキペディアの日、日本においては小正月だの左義長だの山焼きだのがあって、1999年まではこの日が成人の日でした。あと警視庁創立の日です。
毎度お世話になっているウィキペディアですが、ウィキペディアに載ってる情報だからといって確定で正しい訳ではありません、しかし、沢山の人間が手を加えて情報の出元を明確にすることによってなるべく事実に沿ったページ作りを行えているんだと思われます。
とはいえ世の中の出来事はたいていちゃんと理解できるものでもないですし、実際に事象を観測していたとしても内部ではまた違った感想が出てくるのもよくあることなのです。
その分、実際にどれが減ったとか、何がズレたとかの数値を残していることは事実という記録を残す部分においてとても役立っており、ただそれがあったとしても観測しきれない部分というのはどうしても出てきます。
だからこそ事実だけはきちんと調べて受け止めなければなりません。
そこに感情を交えて解釈してしまうと出来事が起きた時に微妙に違う方向に物事が進んで混乱せざるを得なくなりますから。
だから何かが起きた時に私情を交えた説明は避けるべきで、避けられなかった場合最低限発生したことと結果を受け止める能力が必要になります。
それはとても煩わしいことですので、発生したことのみだけでいいので簡潔な説明を心掛けましょう。
ということで本日は【簡潔な説明よいか】でいきたいと思います。
一度読んだだけでは何を言っているのかわからない日本語。
新しい歴史教科書をつくる会との関係を解消した扶桑社に代わって同会の中学校歴史教科書の発行元となり、文部科学省に検定申請し、不合格、再申請を経て2009年4月9日に合格した。
この文、「主述のねじれ」なんてもんじゃない。主語は書かれていないが「自由社は」であるから、この文は「自由社は~の発行元となり、合格した」という骨格になるが、これは「自由社は~の発行元となった。そして自由社は~を検定申請した。その結果不合格となったが再申請を経て、~は合格した」ということを言うための日本語としてはひどいものである。
ウィキペディアの日本語版は、こんな日本語がごろごろ転がっていて、とてもではないが、使う気にはなれない。じゃあお前が修正しろと言う人もいるかもしれないが、ウィキペディアで変なところを見つけるたびに修正していたら、時間などどれだけあっても足らない。