2024-01-11

から20年くらい前の小学校の高学年の時、児童会の募金活動と同時に空き缶回収があった。

アルミ缶を集めて回収に出すとお金になるからそれを募金にするらしい。キロ単位集めてでいくらになります。みんなで世界の恵まれない子を支援しましょう!おうちの人にも話をしてお金と空き缶を持ってきましょう!と先生による説明が行われた。

うちはシングルマザーなので空き缶だけでもいいですか?ととなりの席の子質問した。

生活カツカツなんです、缶の飲み物だって買うの大変なので拾ったものがいいですと続けた。

場の空気が凍る。

10円も持ってこれないのか!日本に住んでる子は恵まれてるんだ!となぜかその子に激昂する先生先生も悪気はなかったと思う。

隣の席の子は泣いた。

結局翌日お金アルミ缶を持ってその子は登校していたと思う。

お金用意するの大変なのに先生もひどいこと言うなぁって気持ちと、先生が怒り狂った記憶が強烈に焼き付いている。ユニセフCMを見るたびにその事を思い出していた。

2024年1月、私は乳児を抱えシングルマザーをしている。

保育園子どもを預けて日々自転車操業。両親こそいるけど育児仕事家事、私が倒れたら…なんて不安を抱えつつもなんとか生活している。

別に食うに困っているほどではない。

スマホも持っている、たまに子ども連れてマック行くし。

ありがたいことに食いっぱぐれのない仕事をしていたのでなんとかできる。


そんな中起こった正月地震

保育園の連絡帳にそっと義援金集めますのお知らせが挟まっていた。


募金って気持ちから、出せる分を出せばいいんだと思う。

ただ気持ちがいっぱいというか生活費の余裕がないというか、生活する上で気持ちの余裕がないのに、なんて思ってしまった。

今財布の中に入ってる数百円ぐらい出せるよ?出せるけどさ。

20年前あの子は泣いた。

たぶん先生が怒鳴ったからじゃないんだろうな。

募金集めるって話した時、お母さんどんな気持ちになるんだろう。顔には出さないだろうね、私だってそう努める。

きっとその子の家も数百円は出せるんだとは思うけど。

隣の席の子は今どうしてるのかな。

募金の度に思い出してたりするのかな。

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