DV加害者が「愛しているから殴ってしまった」と自分勝手な弁明をするように、イジメ加害者側に立つ人間が「単純なイジメとは言えない。被害者と加害者は仲が良かった」と美化している。被害者と加害者の間には何らかの友情が云々なんて、加害者側の勝手に主張しているだけで、単なる自己正当化、美化に過ぎない。
北尾修一は、孤立無援のブログを「インタビューを悪意で編集している」と言うが、同ブログは、村上清によるインタビューが自己正当化や美化によって修飾されている中から、誤魔化せない本質的な部分を抽出しただけ。
それに対して、むしろ元の記事を書いた村上清と、小山田圭吾を擁護しようとしている北尾修一こそが、枝葉末節の部分を針小棒大に見せて、何とかコジツケで「単純なイジメとは言えない」と事実を"編集"しようとしている。
この「単純なイジメとは言えない」と云う言い回しこそが、卑劣そのもの。「単純なDVとは言えない」とか「単純なレイプとは言えない」と言うのと同レベル。身勝手な愛を根拠にDVやレイプを矮小化されたら、被害者はたまったものではない。
加害者側の勝手な思いなんて、被害者には無意味。そんなもので「これは単純なイジメではない」などと美化するな。卑怯者。恥を知れ。北尾修一、お前の記事は、イジメ被害者に対する二次加害だ。