2020-07-30

「出来ない」を説明するつらさ

あのな、物事に対して「出来ない/実現不可能なこと」を説明するのって、「出来る/実現可能なこと」の100倍大変なんだよ!!!

マジ分かってくれ。

「出来る」は基本的に一点突破問題ない。思い付きでもいい、何か方法を一つ説明して、それが通れば勝ちだ。

しかし「出来ない」には穴が許されない。「ほうぼうまで手を尽くして考え/調査しましたが、やはり無理そうです」というシナリオに落とし込まなければ、納得してもらえないからだ。

しかもその説明は、たった一点でも見落としがあれば、「出来る」派の追及によって、それだけで説得力を失う。

なんたる非対称!

加えて「出来ない」派は、「出来る」派に比べて圧倒的に評価されない。

いわく「理想が低い」「情熱が薄い」「夢がない」。。。そんなこと分かってるよ!

そりゃあ「新しいものを生み出す」「不可能に挑戦」のがかっこいいに決まってるし、そのほうが取り組んでいて楽しいのは間違いない。

「出来ない」を説明するために準備するのって面白味もないし、それで話が通ったとしても何の高揚感もない。

でもな、組織なり利益なりを維持するためには撤退戦必要なことぐらい、みんな分かるだろ?

加えて言うのであれば、なんでも「出来る」に倒そうとするのって、圧倒的に中高年世代が多い。

おそらく今まで「出来る」だけを押し通して何とかなってきたんだろうし、そもそも負け方をあまり知らないんだろうな。

でも根拠のない「出来る」に振り回されて疲弊するのは、いつでもそれより下の世代

あんたらがいつまでもファンタジーかざしてられるのも、夢のない世代不毛役回りを引き受けているからだろ?

本当はこんな文章書いたってむなしいのは分かってるが、書かずにはいられなかったので書いた。

経済も衰退の一途をたどるこの国じゃ、今後ますますそこらかしこ撤退戦が繰り広げられるだろう。

そんな中、きちんと未来を見据えて「出来ない」を唱え続ける人間に、せめてもの敬意を。

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