悪く言えば、あなたは充分「気持ち悪い」。だが、それは見方によっては称賛だ。ちょっと真似できないような奇妙な内実をもち、それに何の疑問も持たずにその通り振る舞い、20年以上生きてきた。いま、改めてそれが「異常だ」と名指され驚いている。その体験と事実は、充分にオリジナリティに溢れていて、特異だ。そして、自己の特異さ(つまり気持ち悪さ)に気付いているという意味で、あなたは充分ほかの人より一歩抜きん出ている。
そもそも私たちはみな大体において「気持ち悪い/特異な」存在だ。もしあなたの自己認識が「私は普通だ」であったとしても、何から何まで普通だとしたらそれ自体が充分「気持ち悪い/特異」なことだ。何かを目指し「たい」ならあなたは今後とも何かを目指す「べき」だ。なぜなら「それがあなた」であり、あなたの「したいコト」だからだ。「そこまで強烈に誰かを真似したい『というあなたのオブセッション/オリジナリティ』」をあなたが追究するのは、他の人が自己のあるべき姿を追い求めるのと全く同じだ。ただ、気をつけなくてはいけないのは、それが無条件で受け容れられることではないかもしれない=「気持ち悪い」ことである、という自己認識を失わないようにすることだ。バレたら破綻するような行為で自己を追究していると、常に破綻のリスクに怯えたり、今回のような破綻を引き起こしたりする。なんと危険なことか。あなたは、自己のもつその特異性を発揮できる仕事を目指すべきなのだ。
たとえば芸能人のマネージャー、宗教家の腹心、政治家秘書……etc。配下に対して自己を崇拝しコピーのように理解することを求めつつ、かつ「絶対に自分を追い越すことをしない」人材を求める世界は数多くある。あなたはそういう世界、存在に大きな適性をもっているわけだ。これは皮肉ではないよ。おめでとう。