2019-05-06

映像は結局は編集なのだろうか?

http://b.hatena.ne.jp/entry/4668266855964355810/comment/ringomoon

上のブクマカメラについて語る増田に対して、何で撮ろうが編集で決まると返しているのだが本当だろうか?

私はしがない映像編集者で、撮影素材を一本の映像として繋ぐパート担当している。ばらばらのセグメントを文章に組み立てるような仕事だ。

その立場から言って、そんなわけはない。編集作業基本的に素材に左右される。

たとえ、ジャンプカットのみのYouTuber編集だとしても、

人物サイズ感、レンズの歪み、露出ボケ足、照明、フレア粒度ノイズの有無、背景から人物までの空間の広さ、人物をど真ん中にするのか端に寄せるのか、素材の音声にノイズがのっているのか、どんなノイズか、

たぶんもっとあるが、これらを加味して編集すると言うのが前提である

そして、これらの要素は基本的に不可逆で、編集で変えることはできても、あくまで擬似的。そして、完成品のビジョンによって、必要な要素は変わるわけで、

例えば、

背後の空間の広さによって話者がどんな人物に見えるか変わる。

話者の背景にある小物をボカすかで何に集中してもらうか変わる。

粒度ノイズ映像の手触り感が変わる。

生っぽくするのか、フィルム風にするかで生じる説得力が変わる。

エトセトラエトセトラ

もちろん編集生業にしてるのだから、素材の状態にあった編集はできる。ただ、それが元のビジョンにどれだけ近いのか、映像の中で主張しているもの話者キャラクターにあっているか、というのを考えると、成立できるかどうかといえば、あやしい

編集はよく料理にたとえられる。

これは当然食材大事からだ。

どう料理するかはもちろん要だが、そのどう料理するかは食材に左右されるし、意図した料理にするには、意図した食材を用意しなければいけない。

なのでカメラだいじ、超だいじ。

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