2018-02-09

最期は苦しんでいただろうか

2月8日に、わたしと血の繋がっているクソマザコン野郎ママが亡くなったらしい。

もっと嬉しいと思っていた。清々しい気分になると思っていた。なんだかもやもやする。

わたしは、確かにあの女とその息子が大嫌いだった。ときどき血の繋がりがあるのかと思うと、どうしようもなく、死んでしまいたくなる。

まぁ、こうして生きているのだけど。

あのクソババアは、母がわたしを授かった時もわたしが生まれたことにも喜ばなかったらしい。わたしが、女だったことと出産予定日ミカンの収穫の時期だったからだ。迷惑だったらしい。

いとこが生まれときは喜んでいた。男の子だったから。

弟が生まれときも喜んでいた。男の子だったから。

わたし暴力を振るわれたけど、いとこと弟は振るわれなかった。お菓子お小遣いもいとこと弟は貰えたけどわたしはもらえなかった。わたしも孫のはずだったけど、女だから

母も暴力を振るわれてた。風邪ときでも肺炎でも畑仕事をさせられてた。

仕事で得た収入は、全部ババアの金だった。てめぇは何もしないくせに、母にだけやらせておいて、びた一文も母には渡さなかった。

マザコン野郎マザコン野郎で、給料が出てもうちには一切入れなかった。(マザコン野郎農業は手伝わず工場で働いていた)

生活費ももらえないから、母は農業の他に外で働くしかなかった。

母は、完全にあのクソ親子の奴隷だった。

思い出すだけで腹が立つし、頭痛くなってきた。

あのババアを好きになる要素も許す気持ちにも欠片もならないのになんでこんなにもやもやするんだろう。言葉にしたらわかるかと思ったけど腹が立つだけだった。

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