高校教育や大学入試における古文漢文の要不要論が盛り上がってる。
・生身の人間が古文漢文を自力で読み書きする必要のある職業人口などごく限られている。私の本音を言えば、そんな能力であれば大学か専門学校が専門教育として施せば十分だろうということである。
・高校教育の古文漢文は授業にせよ大学入試科目にせよ選択科目として設置すればいい。古文漢文が既習でないと教育が成り立たないと大学側が思うなら、受験生に古文漢文を課せば良いのだ。
・我が国の言語には古文や漢文というものがありますよ、という触り程度の授業なら中学で国語の授業の一環として少々やれば充分。
・古文や漢文で書かれた文章の中身を深く学ぶのが有意義なのだとしたら、それは現代語訳を使って学ぶことにして、その授業時間は、現代文の授業、あるいは歴史、政経、倫理の授業など、内容に応じて他科目に振り分ければいい。
・国民が自国語の古語を読み書きできなくなるのは良くないみたいな漠然とした主張をする人もいるが、古文漢文などあと10年もすればAIがきれいに現代文に翻訳するようになるだろう。古文も漢文も現代文と地続きの言語である。そういうのを解析して翻訳するのはAIの得意分野だろう。技術的な難易度だけで考えたら、漢文⇔古文や、古文⇔現代文の完全な自動翻訳は、日⇔英の完全な自動翻訳が実現するより早く実現する可能性すらあると思う。