2017-12-11

流行りに乗ってストロングゼロ文学を書きたかった

作家はな、ウイスキーを飲むものなんだよ」

何に影響を受けたのかは知らないが、それが元作家である父の口癖だった。

作家はいえ、世間に誇れるヒット作のない父に憧れていたわけではない。

それでも作家として家族を養い、食えなくなってから会社員になって家族を守ってきた父を一応は尊敬していた。

趣味という趣味のない父が唯一集めていたウイスキーは、俺にとって「尊敬できる大人」の象徴だったのかもしれない。

机に置かれたストロングゼロのロング缶に目を落とす。

父に憧れていたわけではないが、俺は今、文筆業に就いている。文筆業、webライターといえば多少聞こえはいいが1記事いくら発注者に都合のいい記事を書く、掃いて捨てるほどいるフリーランスのひとりだ。

それだけでは食っていけないので会社員時代貯金を切り崩す日々を送っている。

俺が生まれときの父の年齢をとうに上回った今、父と俺の人生は何が違うのだろう。

書いているものの違い。守るべき家族の有無。筆を折って会社員になるか、会社から逃げて筆を取るか。机に置いた酒の違い。

仕事に貴賎はないし、ウイスキーストロングゼロ、どちらが上でどちらが下なんてことはない。ましてや人生に正解も不正解もない。

そんなことはわかっているが、ふと気がつくと頭の中に湧き上がってくる声を止めることはできない。

「一段落ちてるな」

その声を振り払うため、まだ冷たさの残るストロングゼロを呷る。

いかにもなレモン味の液体が胃に収まると、炭酸のせいで一瞬頭が冴え、その後心地よい思考の鈍りに襲われる。

もうひと口、ふた口。

1本目が空になる頃、頭の中に響く声が変わってくる。

ウイスキーを飲まないのか」

いや、コレでいい。

純文学を書き続けた父がこだわりのウイスキーを飲んだなら、安く、早く、どんな文章でも書く俺はストロングゼロがちょうどいい。

安く、手早く、雑に惚けるんだ。

こんな俺が「象徴」に触れてはいけない。

最後一口を流し込むと、ベッドに身を投げ出した。

机の上で、缶が倒れる音がした。

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