2017-12-10

学生運動に巻き込まれたうちの親の話

どどどどどど田舎に住んでいたうちの親は、あの時代、とっても勉強がしたくて、大学に行きたかった

田舎農家で、大学に行くなんてあの時代、考えられない

農家を継げという親に土下座してお願いして、東京大学に行かせてもらった

3畳一間のアパートで、お金はなかったけれど、最高学府入学し、勉強するんだ、頑張るぞと息巻いていた親を襲ったのは学生運動の嵐だった

ただただ勉強たかった親は、学生運動のせいで、毎日大学に行っても授業はなく、授業が始まるのを待ちながら、参考書を読むだけの生活だった。教授学校は危ないから来なかった。

お金学生運動必要から、とやくざ学生どもに半強制的に奪われた。必死バイトした金をだ。

二年耐えたそうだ

いつまで経っても学生運動は終わらず、バイトをしたお金学費を入れても勉強できない。貧乏な親はなけなしの金を仕送りしてくれる

父はとうとう大学生活を断念し、中退し、故郷に戻った

そして、連合赤軍は壊滅し、学生運動は終わった

あの時騒いでいた奴らは平気な顔をして就職していった

酒を飲むと、父は未だに、あの時の学生運動をした奴らに対しての愚痴を言う

あいつらはあれでよかったかもしれない。ただ、単純に勉強したくて、高いお金を払って大学に行った人間からその機会を奪った奴らを、俺は一生許さない、と。

田舎に帰っても父はもともと地頭のよかった人間なので、農業など廃業し、会社を興して成功しているが、あの時の学生運動は本当に理解できなかったし今も一生理解できないと言っている。

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