実験結果を解析するプログラムをCで書き、解析結果をgnuplotでグラフ化し、グラフを貼り付けたレポートをTeXで作成するのを、全てemacsだけで行うという、今思うと労力だけは修行僧並みの苦行をこなしていた。
結局、このスタイルは修士論文を書き逃げするまで続くことになる(論文の図表は当然のごとくtgif)。
「役に立つけど、死ぬほど使いにくい」とはどういうことかを身を以て経験した感じである。
しかし、この修行もどきが原点になったおかげか、今流行のWeb系の諸々の技術は、さほど難しいと思わなかったり。
また、就職後に経験したオブジェクト指向もシステムプログラミングも難しいっちゃ難しかったが、なんとか投げ出さずに仕事をこなせたのは上述の経験が肥やしになったからかも。
一方で、同じ頃に知ったRDBの、その恐ろしく合理的で分かりやすい思想に感動したり、ここ数年コーディングで小技的に使うMapとReduceをコンピュータ科学の素晴らしい成果だと本気で思えたりしたのも、出発点のハードルがやたら高かった故な気がしている。
しかし、それを踏まえても、あいつらの使いにくさはどうにかならなかったのか。
「役に立つのがそれしかないから泣く泣く使う」なんて、経験しないで済むならそのほうがいいに決まっている。自分が怪我の功名的な肥やしにできたのも結果論でしかないし。
てか今時の学生は、こういう作業に何を使っているんだろう。
Windowsを使わない(使えない)理由でもあったのか
そもそもWindowsPCが家になかったし、バイトして買おうにもバイトする時間がなかった。 通学に片道2時間かかっていたんでね。これも家の経済事情で一人暮らしは無理だったから。 その...
修行僧も何も、学生時代の大学の環境なんて、emacsでコード、メール、gnuplotでグラフ、TeXだったが。 普通の大学だったし。 ただ、使いづらいというのは正しい、というか、vimやemacsの...