この記事に感じ入った。
http://fladdict.net/blog/2014/11/nihonkeizai.html
後半に書かれている、「自尊心だろうがエンドルフィンやアドレナリンなどの脳内麻薬の大半だろうが、ほぼゼロコストで自給自足できる。」これ。これですよこれ。
幸せって何だろうっていう「末端の答え」は、脳内で幸せを感じる化学反応が起きていること、だと思うのです。これ以上の「奥は無く」、これが最終点。末端。だからその化学反応を起こすための、コストが、限りなく安くつく人間、それは勝ち組だと思うのですよ。
ガソリンあんまり使わなくても、長距離走れる自動車が良いものだ、ってのは分かりますよね。それと同じ、より低コストで幸せを感じるなら、それに越したことはない。
特にお年寄りに多いんですけど、(若い人にも居るけど)、ちょっと美味しいものが出てくるだけで、おいしいおいしいと大袈裟に喜び、ちょっと親切にされるだけで、ありがとう有難うと、大袈裟に感謝するような人というのが、居るわけです。
そういう人たちって、上のブログの「自尊心だろうがエンドルフィンやアドレナリンなどの脳内麻薬の大半だろうが、ほぼゼロコストで自給自足できる」境地にある(境地に近い)のではないのかと。
カネを使って消費をすると、幸せになりますというのは、結局は「資本主義教」の教義でしかなく、そもそも資本主義というのが、カネの流通と消費の上に成り立ってるので、そのシステム、そして好景気を維持するために、消費を促すために、消費=幸せ、という考え方を常識化して定着させるという「手法」が必要だったんでしょう。