はてなキーワード: 麦畑とは
関連:「 Sapokanikan /サポカニカン(タバコ畑)」
干し草と清潔な牛小屋
それと庭の壁を覆うツタ
それと「売却済」の札
私はあなたを信じている
あなたは何をしたい?
一緒に街を出ようか?
黒い歩道を歩き
その畑が耕されるあいだに
私たちに許されしことのほうへ
ろくに働かない手が馬勒をひく
ゆっくりと停止するために
強く打てば打つほど、深く深く窪んでいく
すべてを支配しようとする
私達の財布から*1
ほの暗い空のもと
赤い納屋のそば
白い雲のした
ああ、光が見える
大鎌が振るわれ、
魂を刈り取るだろう*2
終末まで残りを指折り数えて
今年の十二月に
陽が短くなってきていた
彼女が地に降りてきていたのなら
私は私の地を抱擁しただろうに
彼らが告げたのは
過ぎゆく時の変化
それに春には牧場に茂る草*4
それに眠れない夜明け
すべては私の冬の窓に積もる
そして私は裂かれた光を見たせいで
息もつけなくなった
夜を漂白して迎える払暁
私たちの奮闘ののち、陽が高く昇り
魂を刈り取る
終わるべき命と知るならば
それが私の望むすべて
私の痩せこけた魂がひきずられていく
私たちに許されしことのもとへ
私たちに許されしことのもとへ
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*1.Bleach a collar, leech a dollar/From our cents: 「襟を漂白する(Bleach a collar)」とは、ブルーワーカーからホワイトカラーへ職替えするという意味。
*3.ここでいう「彼女」はおそらく前出の死神を指す。一般に死神の代名詞として「彼女」は用いないが、その昔ペストだけは例外的に「彼女」と呼ばれたという。
*4.weeping grass オセアニア・東南アジア原産
*5. fissure 明らかに女性器を指している
*6. unstaunched daylight, brightly bleeding 陽の光を出血と重ねあわせている
空は奇妙な色に霞んでいた。
夕焼けと青が混じり合ったような色だ。一体何でこんな色合いになるのかは僕には分からない。
それぐらい奇妙な色だった。
ところで、僕のことについて語ろうと思う。
いつのまにか、僕はこの世界に存在していて、そして、今もなお存在し続けている。
どれくらいの間、こうしているのかは分からない。
ともかくも、僕は今麦畑の中を進んでいた。
麦畑は、僕の身長よりも高い穂で埋め尽くされていて、とてもじゃないけれど遠くまでを見ることはできなかった。
だから、僕はその茎の一つ一つを掻き分けながら進まなければならなかったのだ。
そんな作業を、ずっと前から続けていた。
この世界では、時間なんてものは存在していないのとほとんど同じなのである。
そんな具合に僕が麦を掻き分ける作業を続けていると、どこか遠くから、ぱきぱき、ぱきぱき、という、聞き覚えのある音が聞こえてきていた。
その音は、どんどんと僕の方に近付いてくるようだった。
音は大きくなりつつあった。
僕には、一体この後何が起こるのかがはっきりと分かっていた。
彼女がこちらへと近付いているのだ、と僕は思う。これもまた、何度となく繰り返したことだった。
そして、その音は遂に間近へと迫った。
僕は、ゆっくりと視線を上げて、そこに存在している影の方を眺めた。
麦と麦の穂の間から、彼女は、いつも通りの笑顔を浮かべて、こちらを見下ろしていた。
いつも通りに、白いワンピースを着た少女だった。栗色をした長い髪が、ほとんど腰のところにまで達している。ブラウンの大きな瞳をしていた。
彼女は僕の方を暫く眺めていたのだけれど、その後、彼女は一方的に踵を返して、僕へと背を向けた。そして、僕から遠ざかる形で歩き始めた。
十分に僕が付いてこれるくらいの、それぐらいの歩調で、僕の視界を覆っている麦を倒しながら彼女は歩いていた。
その度、ぱきぱき、ぱきぱき、という音が断続的に響き渡っていた。
僕達はそれをずっと続けていた。
ずっとだ。
歩き続けていた。
ずっと歩き続けていた。
いつになれば、辿り着けるのだろう、と思う。
いつかはきっと、辿り着けるのだろうか、と思う。
でも、とにかく僕達は歩き続けている。
空は奇妙な色に染まっている。
茜色のようで、そうではなく、かといって青でもなく、茜と青の中間でもない――そういう色だった。
天頂は青なのだが、その周囲に赤が時折交じる、というパターンの色合いだった。
その空の下に、見渡すばかりの麦畑が広がっている。
――いや、正確に言うならば、僕はその麦畑を見渡すことはできないのだけれど。
ところで、この世界が一体何なのかについて敢えて僕は語るまいと思う。
何故なら、そもそも僕自身それをきちんと理解できていないし、それに、仮に理解できたとして、それは誰かに説明できるような代物ではないことくらい、僕にだって分かるからだ。
だから、この世界がどういう存在なのかについて語る代わりに、僕は僕自身のことについて語ろうと思う。
僕の身長はとても低い。
というか――そもそも僕にはほとんど何もできない。
僕には、できることの方が少ない。
僕には様々なものが欠けていた。
例えば、周囲に立ち込めているであろう、麦の香を嗅ぐこともできなかった。
僕は不完全なのだ。
僕は、この視界を埋め尽くしている麦の茎の間を、すり抜けるようにして歩いていた。
だから、度々僕は立ち止まることになった。目の前を塞いでいる麦の所為で、先に進むことができなかったのだ。
そんな折には、僕は方向を変えて、別のルートで進むことができるかを試すのだった。それを何度も続けていた。どれくらいの時間そうしていたのかは、分からない。元より、時間などあってないのと同じようなものだった。
だから、僕が自分の作業に没頭していた状態から目覚めたのは、ぱき、ぱき、という麦の茎の折れる音を聞いてからだった。
僕は、長い間その足音を見失っていた。
そして、その足音に追いつこうとしていた。
それほど長い時間ではなかったけれど、とにかく僕は一人ぼっちになっていた。この麦畑に足を踏み入れたのと、ほとんど時を同じくして僕達ははぐれたのであった。
そういうことだったので、麦の穂と穂の間の空間――そこからは奇妙な色の空が見える――から、彼女が顔を出した時、僕は正直なところほっとしていた。
そして、それは多分彼女の方でも同じだったのではないか、と思う。彼女は、笑みを浮かべていた。柔らかく目を細めて、僅かに口角を緩めていた。
彼女は、僕の前にまでやってくると、丁度、僕の眼前を塞いでいた麦の穂を、ぱきぱきと折ってくれた。
そうやって、彼女は僕の前の道を開いてくれた。
僕は、素直に感謝しながら、続けざまに道を作ってくれている彼女の後ろに、付いていった。
ずっと昔からこんなことを続けていた。
麦畑に入ったのは、それほど前のことではない。
本当に大した時間ではない、それこそ、一粒の露が乾く程度の時間でしかない。
それでも、僕達はどこにも行けない存在だった。
歩いているけれど、歩いてなどいないのだ。
僕達は不完全だった。
彼女もそうだった。
僕達は。
でも、いつかは、僕達はこの麦畑を抜けることができる。
その確信は常にあった。
僕達は別の世界に渡ることができるのだ。
彼女も、僕も、そう信じていた。