2020-12-18

[] #90-7「惚れ腫れひれほろ」

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こうして俺たちは、兄貴バイトであるレンタルビデオ店へとやってきた。

「冷やかしなら帰れ」

兄貴は開口一番これだ。

職場に身内が進入してきたわけだから、あっちからすれば邪魔なのは分かるけれど。

「どうしても冷やかしたいなら、そうだな……さすがに俺も“消え失せろ”とまでは言わん。ただ、無口な透明人間でいてくれればいい」

「客に対して随分な態度じゃん。今の俺たちは一応お客様なんだぜ」

「客ってのは金を払う人間のことを言うんだよ」

俺たちがビデオを借りに来たわけじゃないことはお見通しらしい。

そして、その時点で俺たちへの扱いは確定しているってわけだ。

「ここはサービスってことでさ、ちょっと話そうよ」

外国チップ文化があるのはな、サービス別売りからなんだよ。場末ビデオ店で働く時給980円の店員に、基本無料サービスなんて期待するな」

取り付く島もない。

しかし、ここでビデオ屋の店長が助け舟を出してくれた。

「そう邪険にしてやるな。ちょっと早いけど休憩時間やるよ」

そう言って、颯爽と立ち去る店長

その後ろ姿を、兄貴は恨めしそうに見つめていた。

「休憩時間が増えてよかったね」

休み時間が増えても、学校にいる時間は減ってないのと同じだ」

…………

俺たちは休憩所にて、これまでの経緯を簡単に伝えた。

「……それ、俺がどうこうすべきことなのか? お前達の仲が修復されるかどうかは、そっちの問題だぞ」

兄貴の指摘は至極当然だろう。

とはいえ、こっちとしても色々と考えた結果なんだ。

仲介とかして欲しいわけじゃないよ。ただ俺たちの知らないドッペルについて、知ってることがあるなら聞きたいんだ」

「ドッペルについて俺が知っていて、お前らが知らないことねえ……」

兄貴は眉間のしわを伸ばしながら、十数秒ほど考える素振りをしている。

それは記憶を漁っているというよりは、言葉選びに迷っているようだった。

「お前らは、俺の口から聞きたいのか?」

そうして選ばれた言葉は、とても含みのあるものだった。

心なしか、さっき門前払いしようとしてきた時より棘があるように感じる。

「え、そんなにヤバい話なの?」

「いや、それほどでもないが。あくまで俺の見解からな。ドッペルがどう思うか……」

兄貴が言うべきかどうか迷っている理由が分かった。

まり俺たちが現状知らないことがあるならば、それはドッペルが知らなくていい(または知って欲しくない)と判断しているからじゃないか

それを第三者が話すのは、かえって問題をややこしくするのではと危惧しているんだろう。

いま兄貴は、俺たちに話す価値があるか値踏みしているんだ。

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