そんなわけで、“流れネコ”ってのは「遠くからやってきたネコ」って意味の他に、「ヒトが忌み嫌っている特定のネコ」って意味も含まれている。
ヒトが勝手に決めた定義で、ネコ側からすれば知ったこっちゃない話だ。
だがヒトとの付き合い方も求められるイエネコ界隈において、流れネコは無視しにくい存在だった。
俺は何も特別なことはしていないし悪いこともしていないが、「ヒトとの間に軋轢を生み、善良なネコにも迷惑をかける存在」として、他のネコから邪険に扱われたりもした。
母が死んだとき、もしモーロックに拾われていなければ、ヒトに殺されるまでもなく野垂れ死んでいたかもしれない。
そのおかげで食べるものには困らなかったけれど、仲間内では一線を引かれていた。
あの頃の心境を言葉にするのは難しいが、たぶん他のネコができていたことができなかったこと、そして小さい頃に母と離れ離れになったことが大きい要因だと思う。
俺には“何か”が足りていなくて、そして満たされていなかったんだろう。
そのせいで自暴自棄になっていった。
いっそヒトの中に飛び込んで、楽になろうと考えることもあったんだ。
そんな時に出合ったのが、とあるヒトだった。
そのヒトは、どうやら俺を捕まえたがっていたようで、小魚でおびき寄せるという小賢しいことをやっていた。
俺は半ばヤケになって、その人の前に顔を出したんだ。
だが意外なことに、そのヒトは俺を殺すことはなく、それどころか飼うことにしたらしい。
どうやらヒトの中にも、流れネコを嫌う奴と嫌わない奴がいるようだ。
この出来事がきっかけで、流れネコに対する、ひいては俺に対する悪いイメージは軟化していった。
飼われた後も集会所には定期的に参加し、数年かけて仲間に認められるようになったんだ。
そこにきて、なぜダージンが“流れネコ”のことを蒸し返すのか。
察しはついていた。
「この戦い、本当にキトゥンに“任せる”んだな?」
ダージンとの付き合いも長い。
俺への嫌悪感から、そんなことを言っているわけじゃないのは分かっていた。
“流れネコが悪いわけではなく、ヒトが勝手にそう決めつけているだけ”
理屈では分かっていても、それで俺への不信感が完全に払拭できるわけじゃない。
そんな状態で俺を戦わせれば、勝敗がどうあれ、皆の中に決して消えない“わだかまり”が残るだろう。
「改めて問う、皆はキトゥンに“任せる”か?」
自分達の縄張りのために俺を戦わせるのならば、本当の意味で“任せる”べきだと。
「任せる!」
食い気味に答えたのはキンタだった。
間もなく、ケンジャもそれに続いた。
「そうだ、キトゥン! お前に任せる!」
続々と周りから同調の声が響き渡り、音は段々と大きくなっていく。
それを聴いて、俺は体から“何か”が湧きあがるのを感じた。
どちらにしろ俺は戦うつもりだったが、その意志がより強まっていくようだ。
「キトゥン、お前にも聞きたい。本当にいいのか? この戦いに勝ったとしても、お前に大した得はないんだぞ」
ダージンの問いに、俺は澄ました顔で答える。
「……任せてくれるんだろ」
モーロックが俺を代表に指名したのは、こういう意図もあったのかもしれない。
これは俺が皆に認められる、一世一代のチャンスってやつなのだろう。
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