2020-02-21

[] #83-11キトゥンズ」

≪ 前

そんなわけで、“流れネコ”ってのは「遠くからやってきたネコ」って意味の他に、「ヒトが忌み嫌っている特定ネコ」って意味も含まれている。

ヒトが勝手に決めた定義で、ネコからすれば知ったこっちゃない話だ。

だがヒトとの付き合い方も求められるイエネコ界隈において、流れネコ無視しにくい存在だった。

俺は何も特別なことはしていないし悪いこともしていないが、「ヒトとの間に軋轢を生み、善良なネコにも迷惑をかける存在」として、他のネコから邪険に扱われたりもした。

母が死んだとき、もしモーロックに拾われていなければ、ヒトに殺されるまでもなく野垂れ死んでいたかもしれない。

そのおかげで食べるものには困らなかったけれど、仲間内では一線を引かれていた。

あの頃の心境を言葉にするのは難しいが、たぶん他のネコができていたことができなかったこと、そして小さい頃に母と離れ離れになったことが大きい要因だと思う。

俺には“何か”が足りていなくて、そして満たされていなかったんだろう。

そのせいで自暴自棄になっていった。

いっそヒトの中に飛び込んで、楽になろうと考えることもあったんだ。

そんな時に出合ったのが、とあるヒトだった。

そのヒトは、どうやら俺を捕まえたがっていたようで、小魚でおびき寄せるという小賢しいことをやっていた。

俺は半ばヤケになって、その人の前に顔を出したんだ。

だが意外なことに、そのヒトは俺を殺すことはなく、それどころか飼うことにしたらしい。

どうやらヒトの中にも、流れネコを嫌う奴と嫌わない奴がいるようだ。

この出来事きっかけで、流れネコに対する、ひいては俺に対する悪いイメージは軟化していった。

飼われた後も集会所には定期的に参加し、数年かけて仲間に認められるようになったんだ。

…………

そこにきて、なぜダージンが“流れネコ”のことを蒸し返すのか。

察しはついていた。

「この戦い、本当にキトゥンに“任せる”んだな?」

ダージンとの付き合いも長い。

俺への嫌悪感から、そんなことを言っているわけじゃないのは分かっていた。

流れネコ歴史と、ヒトの存在は重い。

その血を受け継いでいる、何よりの証明である俺の体躯と体毛。

この瀬戸際からこそ、それは皆の不安を駆り立てる。

“流れネコが悪いわけではなく、ヒトが勝手にそう決めつけているだけ”

理屈では分かっていても、それで俺への不信感が完全に払拭できるわけじゃない。

そんな状態で俺を戦わせれば、勝敗がどうあれ、皆の中に決して消えない“わだかまり”が残るだろう。

「改めて問う、皆はキトゥンに“任せる”か?」

からこそダージンは、あえて言うんだ。

自分達の縄張りのために俺を戦わせるのならば、本当の意味で“任せる”べきだと。

「任せる!」

食い気味に答えたのはキンタだった。

「ええ、任せます。この戦いはキトゥンが適任でしょう」

間もなく、ケンジャもそれに続いた。

「そうだ、キトゥン! お前に任せる!」

続々と周りから同調の声が響き渡り、音は段々と大きくなっていく。

それを聴いて、俺は体から“何か”が湧きあがるのを感じた。

どちらにしろ俺は戦うつもりだったが、その意志がより強まっていくようだ。

キトゥン、お前にも聞きたい。本当にいいのか? この戦いに勝ったとしても、お前に大した得はないんだぞ」

ダージンの問いに、俺は澄ました顔で答える。

「……任せてくれるんだろ」

モーロックが俺を代表指名したのは、こういう意図もあったのかもしれない。

これは俺が皆に認められる、一世一代のチャンスってやつなのだろう。

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記事への反応 -
  • ≪ 前 「キトゥンにこの戦いを任せるというのは、その……」 異議を唱えたのはダージンだった。 俺は反論することもなく、ただそれを聞いていた。 「キトゥンは戦う意志を、しか...

    • ≪ 前 絶望が辺りを包み込む。 結局、戦うしかないのか。 「皆よ、悲観するのは早いぞ。これは戦争ではなく、略奪でもない」 しかしモーロックは諦めていなかった。 交渉の末、こ...

      • ≪ 前 「皆よ、案ずるな。既に今後のことは考えてある」 無力感に打ちひしがれる中、モーロックは動じなかった。 「残念だが、こうなった以上は別のところへ移り住む他あるまい」 ...

        • ≪ 前 ひとまず現状を把握しておくため、俺たちはモーロックの言っていた場所へ向かった。 「本当だ……ヒトがいる」 さすがに皆でゾロゾロと行くわけにもいかないので、偵察に来...

          • ≪ 前 「それでは、気をつけるべき食べ物にチョコがあるってことを覚えておきましょう」 「ぶどう、ねぎ、あげもの……なんか、どんどん増えていくなあ」 「わたくしからは以上で...

            • ≪ 前 まあキンタの変化も中々だったが、気になったのは今回の集会だ。 見回すまでもなく、参加しているネコが普段より多いのが分かった。 つまり意図的に集められたってことだ。 ...

              • ≪ 前 ==== 「キトゥン……キトゥン……こっちに来てちょうだい」 外から自分を呼んでいるような声がした。 あの声は、たぶんキンタだろう。 いや、寝ぼけいてたから気のせいかも...

                • ≪ 前 未来人の価値観は理解に苦しむところもあるが、翻訳の難しさは俺たちにでも分かる問題だ。 慣用句や、詩的な表現、そういった何らかのコンテクストが要求されるとき、別の言...

                  • ≪ 前 それから俺は、先ほどのやり取りを引きずることもなく課題に打ち込んでいた。 しかし十数分後、それは突如として襲来したんだ。 「ただいまー」 「マスダがボクに用がある...

                    • きっかけは、弟がテレビを観ていたときだった。 「今週も始まりました、『アニマル・キングダム』! 今回は動物に関する映像特集です!」 俺は学校の課題に取り掛かっており、テ...

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