「キトゥンにこの戦いを任せるというのは、その……」
異議を唱えたのはダージンだった。
俺は反論することもなく、ただそれを聞いていた。
その指摘に、俺は何も反応しなかった。
実際、この戦いに勝とうが負けようが、野ネコじゃない俺は住処に困らないのは事実だ。
居場所が確保されているネコに、自分達の縄張りをかけて戦わせるんだから不安にもなるさ。
口にこそ出さないが、同じような想いを抱いているのはダージンだけじゃないだろう。
ただ自分が戦えないという負い目と、勝ち目があるのは俺だっていうことも分かっていたから、皆は声を上げにくかったのだと思う。
ダージンもそれを分かってはいるが、補佐役の立場から意見せざるを得なかった。
それに、彼らが俺を代表にしたくない理由は“もうひとつ”あった。
「それに彼は……“流れネコ”だ」
「我々は同じネコです。ましてや、この集会所の仲間をそのように呼ぶのは……」
だが、あまり良い意味の言葉ではなく、それを口に出したがるネコはいなかったからだ。
「今だからこそ、言わないといけないんだ!」
それはダージンだって同じだったが、それでも今ここで言っておかないと、後で尾を引くと考えたのだろう。
「何よアンタ! 細かいことばっか気にして! さてはA型でしょ!」
ヒトの間では“ガイライ”だの“ガイジュウ”だの言うらしいが、俺たちの間では“流れネコ”って呼ばれている。
「あなたのお父さんはね、とても遠くの場所から、ここへやって来たの」
「“遠く”って?」
「ずっと、ずっと、遠く」
少なくとも歩いて行けるような場所ではないらしい。
だが、俺はさして興味がなかった。
俺自身はここ近辺で生まれ育ったし、場所が多少変わったところで違いはないと思っていたからだ。
つまり俺は流れネコというよりは、厳密には流れネコの血を引いているだけなんだ。
だけど、そんな事情を周りが慮るとは限らない。
ネコとヒトという垣根があれば尚更だ。
「いいかい、坊や。ヒトに近づいては駄目。姿を見られるのも駄目。特に大きいヒトは危険だよ」
母はことあるごとに、俺にそう言い聞かせていた。
どうやら流れネコは、ここら一帯のヒトたちには嫌われているらしい。
俺と同じ見た目をしたネコは、ヒトに連れて行かれると殺されてしまうという。
近隣にいた同胞も、全てどこかに連れ去られ、二度と帰ってこなかったんだとか。
「なんで俺だけ駄目なのさ。他のみんなはヒトと仲良くしてるのに」
「……ごめんね」
俺にはその意味が分からなかったけれど、たぶん母も分からなかったんだと思う。
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