2020-02-20

[] #83-10キトゥンズ」

≪ 前

キトゥンにこの戦いを任せるというのは、その……」

異議を唱えたのはダージンだった。

俺は反論することもなく、ただそれを聞いていた。

キトゥンは戦う意志を、しかと示した。なのに、なぜ止める」

ダージンは一瞬だけ俺の首元を見たあと、言葉を続けた。

「なぜって、キトゥンは飼われているネコですよ」

その指摘に、俺は何も反応しなかった。

実際、この戦いに勝とうが負けようが、野ネコじゃない俺は住処に困らないのは事実だ。

場所が確保されているネコに、自分達の縄張りをかけて戦わせるんだから不安にもなるさ。

口にこそ出さないが、同じような想いを抱いているのはダージンだけじゃないだろう。

ただ自分が戦えないという負い目と、勝ち目があるのは俺だっていうことも分かっていたから、皆は声を上げにくかったのだと思う。

ダージンもそれを分かってはいるが、補佐役の立場から意見せざるを得なかった。

それに、彼らが俺を代表にしたくない理由は“もうひとつ”あった。

「それに彼は……“流れネコ”だ」

ダージンの続く言葉に、集会全体がより重苦しい空気となる。

ちょっと、ダージン! その言い草は随分じゃないの~?」

「我々は同じネコです。ましてや、この集会所の仲間をそのように呼ぶのは……」

キンタやケンジャなど、俺を昔から知る仲間は憤慨した。

俺が“流れネコであることは皆も知っている。

だが、あまり良い意味言葉ではなく、それを口に出したがるネコはいなかったからだ。

「今だからこそ、言わないといけないんだ!」

それはダージンだって同じだったが、それでも今ここで言っておかないと、後で尾を引くと考えたのだろう。

「何よアンタ! 細かいことばっか気にして! さてはA型でしょ!」

「いや、血液型関係ないし、お前だってA型だろ」

…………

流れネコ……遠くからやってきたネコのことだ。

ヒトの間では“ガイライ”だの“ガイジュウ”だの言うらしいが、俺たちの間では“流れネコ”って呼ばれている。

その流れネコについて聞かされたのは、母の口からだった。

あなたのお父さんはね、とても遠くの場所から、ここへやって来たの」

「“遠く”って?」

「ずっと、ずっと、遠く」

その場所が具体的に、どれほどの距離かは母も知らなかった。

少なくとも歩いて行けるような場所ではないらしい。

だが、俺はさして興味がなかった。

自身はここ近辺で生まれ育ったし、場所が多少変わったところで違いはないと思っていたからだ。

まり俺は流れネコというよりは、厳密には流れネコの血を引いているだけなんだ。

だけど、そんな事情を周りが慮るとは限らない。

ネコとヒトという垣根があれば尚更だ。

「いいかい、坊や。ヒトに近づいては駄目。姿を見られるのも駄目。特に大きいヒトは危険だよ」

母はことあるごとに、俺にそう言い聞かせていた。

どうやら流れネコは、ここら一帯のヒトたちには嫌われているらしい。

俺と同じ見た目をしたネコは、ヒトに連れて行かれると殺されてしまうという。

近隣にいた同胞も、全てどこかに連れ去られ、二度と帰ってこなかったんだとか。

「なんで俺だけ駄目なのさ。他のみんなはヒトと仲良くしてるのに」

「……ごめんね」

俺にはその意味が分からなかったけれど、たぶん母も分からなかったんだと思う。

次 ≫
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      • ≪ 前 ひとまず現状を把握しておくため、俺たちはモーロックの言っていた場所へ向かった。 「本当だ……ヒトがいる」 さすがに皆でゾロゾロと行くわけにもいかないので、偵察に来...

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              • ≪ 前 未来人の価値観は理解に苦しむところもあるが、翻訳の難しさは俺たちにでも分かる問題だ。 慣用句や、詩的な表現、そういった何らかのコンテクストが要求されるとき、別の言...

                • ≪ 前 それから俺は、先ほどのやり取りを引きずることもなく課題に打ち込んでいた。 しかし十数分後、それは突如として襲来したんだ。 「ただいまー」 「マスダがボクに用がある...

                  • きっかけは、弟がテレビを観ていたときだった。 「今週も始まりました、『アニマル・キングダム』! 今回は動物に関する映像特集です!」 俺は学校の課題に取り掛かっており、テ...

  • ≪ 前 そんなわけで、“流れネコ”ってのは「遠くからやってきたネコ」って意味の他に、「ヒトが忌み嫌っている特定のネコ」って意味も含まれている。 ヒトが勝手に決めた定義で、...

    • ≪ 前 運命の日、俺たちは決戦の地である『ネコの国』に立っていた。 「ふん、流れの……しかも首輪つきか。あっちの集いで最もマシだったのが貴様か」 対戦相手らしきネコが、こ...

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