2014-04-03

岡本竜治というギターリストについて語らせてくれ。

前回高野哲についてアノニーで書いたら

やれステマだ、やれ文章が気持ちわるいとか結構言われたので

自分なりに反省したので違う文体で書きたいと思う。

そもそもここに書こうと思った理由は俺に音楽を語る友達がいないから

勢いにまかせて書けるここを選んだだけ。

なので書きためた物もないし、気が向くまま、つらつらと書きなぐる。

ただ、この「語らせてくれ。」シリーズ勝手に命名したが)は全5回だ。

なので今回は「語らせてくれ。」2回目となる。

前置きが長くなってしまったが、何の話だっけか。

そう、岡本竜治というギターリストについて語らせてくれ。

岡本竜治は高校ドロップアウト組、世に言う中卒だ。

噂話では高校入学後3日で高校を辞めたらしい。

だが、19歳でプロデビューする。

一体何があったのだろう。

金もコネもない中卒の男がプロデビューを勝ち取るということは

世の中にいるバンドでご飯を食べたいと夢見ている人は

なんとなくそ難易度の高さをわかってもらえると思う。

プロデビューを勝ち取った経緯の詳細や本当のところはわからないが

少しだけTVで語った事がある。

「誰よりも目立つ格好をした」

当時としては珍しい赤や青や金色に髪を染め、化粧をし、目立つことを

心がけたらしい。戦略家だ。

19歳でデビューし、映画主題歌も決まり順風満帆に思えたが

一組の芸人の何気ないイジりで暗雲がたちこめることになる。

世に言うハマタ・マツモト・レディオ事件である

前述の芸人、伏せますハマタ・マツモトがTVで共演したことを

レディオオモシロおかし

あいつら日本一下手くそバンドやで!」と揶揄したことに始まる。

関西ローカルレディオだったが、その影響は絶大だったようで

口コミで「日本一下手くそバンド」という風評がまわりまわって

全国区になってしまったのである

今でこそ風評被害という言葉認識されているが、その当時は

当然そんな概念などなく、ただただ「日本一下手くそ」という言葉

バンドについてまわってしまった。

バンドの曲を聴いたこともない人もオモシロおかしく言う。

「ああ、あの日本一下手くそバンドやろ?」って。

何気ない芸人一言のイジリがバンドのその後の運命を大きく左右することに

なってしまった。

デビューした当時の彼らは確かに演奏は下手だった。

ただそれは仕方がないこと。19歳だもの

今のように情報が簡単に手に入る時代と違い、限られた環境(機材も情報もない)でスキルアップするには

限界があるというもの

彼らはその状況を打破すべく合宿などを行いスキルアップする。

初期の楽曲と比べるとバンドの後期(デビューから4年後)の楽曲では見違えるように

良くなっている。

が、ギターリスト岡本竜治の魅力は努力、ではない。

そもそもはたして彼らは本当に目立っていただけでプロデビュー出来たのだろうか。

個人的にはそうではない、と思っている。あくまで個人的には。

岡本竜治はボーカルベースドラムオーディエンスが欲しいと思う音を

欲しいと思う今まさにこの瞬間、鳴らすことが出来るギターリストだから、ではないのか。

1990年に19歳でメジャーデビューしてから23年後の2013年9月岡本竜治はPlayer(ギター雑誌)に

愛蔵のギターとともに特集が組まれている。

岡本竜治というギターリストより技術があるギターリストは沢山いるのかもしれない。

けれど、岡本竜治と同じくらいのセンスを持ったギターリストはいないのかもしれない。

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