はてなキーワード: 社交辞令とは
私は作家なのだが、作家という職業について日ごろ感じていることを書いてみようと思う。
誰にも何も教えてないのに「先生」と呼ばれるのにもそれが現れているし、職業を言うと「すごいんですね」みたいな反応(まぁ、そんな奴は誰にでもそうしてるのかもな)。
エッセイストとかいう肩書きの人間が文化人・知識人として扱われているのを何度となく見た。
ワイドショーでコメンテーターをやりだしたりするともう最悪で、まるで第一人者かのようにしたり顔でコメントしては馬鹿面をさらけだしている。
君たちが知識人面して出ることによって、本当に知識をもっている専門家が発言の機会を失い、実のある提言が出てこない状況になるということがわからないのか。
まさか自分が専門家であるなんては思ってはいないだろうね?
君たちは学者じゃないのだよ! 文章で飯を食っているというだけなんだ! 黒いシミのついた紙の束を売りつけているような人間が奢るんじゃない。
中高生のいじめ自殺についてこれ以上偉そうに何か言うんなら、私が君たちを虐めてあげるのでさっさと自殺してください。
さらに思うことは、学生時代の同窓生に再開した際に、作家をやっていると言うと羨ましがられることがよくある(単なる社交辞令か?)。
私は学生時代から「作家になりたい」と口にしていたから、夢を叶えた人間に見えるのだろう。
好きなことを職業にして、時間を自由に使えるのは羨ましく見えるかもしれない。
だが、ミュージシャンなどのほかの職業はわからないが、作家は全く羨ましがるような職業じゃないと断言できる。
年収300万で、その後について何にも保証が無い生活(もちろん、たくさん稼いでいる人もいる。中村うさぎなんて、糞女のグロテスクなプライベートを書き連ねているだけなのに、年収は何倍も上だ。ちなみに自慢にもならないが、私は中村うさぎに言い寄られたことがある。自身が前に着ていたお古の服をプレゼントしてきた。よくわからん)
雑誌連載だっていつ打ち切られるかわからないし、急に雑誌自体なくなることだってある。
たった一行書くのに半日苦しんだり、締め切り前に精神が壊れたりする割には、快感なんて書店に並んでいる自分の本を眺めるか、好意的な感想を読むことくらい。
インターネットで自分の名前を検索でもしたら、もう大変で、落ち込む材料がそこら中に転がっている。
私は自分を誉めている文章をネットで見つける度にブックマークして何度となく読み返し、精神を安定させている。
「作家になりたい」という人間がいたら「やめなさい」と私は忠告するだろう。
私は子供が嫌いで苦手だ。
そして困った事に、私はその子供を産む「女」なのだ。
26にもなると、周りの友達や知人は結婚して行って子供を作る。
毎月のように妊娠しただの出産しただののメールが私の携帯へ届く。
そして決まって「是非見に来てね」と言う言葉と共に生まれたて赤ん坊の写真が添えられている。
添付された生まれたてのほにゃほにゃの物体の写真を見て私は大きくため息をつく。
駄目なのだ。
どうしても可愛いと思えない。
けれどそれを人に言うことはタブー視されているようで(特に女が言うことは厳禁と暗黙のルールで決まっている雰囲気がある)
私はあまり人に言ったことが無い。
このあたりはカミングアウトした所で、そうなんだー、私もだよ、なんて軽い返事が帰ってくるのに
「人間」が嫌いだと言うと世にも奇妙な物を見るような目で見られてしまう。
いや、私だっておかしいと思っていた頃もあった。
いつか結婚して子供を作るのだろう、その図式に自分が嵌め込まれていることが到底想像できない。
これはきっとおかしい、私はどこかおかしい女なんだ。
悩んでどうにか打破しようとしてみたけれど、やっぱり駄目だった。
過去に悩んで人に打ち明けた事がある。
その人はケロリと笑って
「出来たら可愛くなるかもよ?」
と言った。
ガツンと頭を殴られたようなショック。
そんな馬鹿な。
出来たら可愛くなる?
100%の保障が無いのに、そんな博打みたいな事が出来ようか。
じゃあもし、もしも、いざ出来て産んで、やっぱり私の気持ちが変わらなかったら?
私はその子供にどう接していけば良いのだろうか。
子供は親を選べない。
私は子供が嫌いで苦手だ。
とりあえず今の所、変わる兆しは見られない。
深く深く考えて泣きそうになる事もあるけれど、どうしようも無い事実なんだ。
なんて改変できそうな記事だったから自分の経験を踏まえてやってみよう。増田初投稿。
――そして、そのコラムの03/31/2007分記事において、藤村先生は「若オタが同人作家として生きていくためにはどうすればいいか」ということを、具体的にズバズバと語っています。あまりに具体的に語りすぎており、絵描き宣言をしたばかりの若オタを不安に陥れるような気がしないでもないのですが、梅田さんが言う「意識的で戦略的な「好きを貫く」人生」とは具体的にどういうことなのかを知ることのできる良い機会ですので、ご紹介したいと思います。
私は、1985年から2000年くらいまで、Yahooメッセンジャーの同人作家のお仲間ルームに入室していました。随分と、そこで勉強させていただきました。
(中略)
そこのルームのトピックが「嫌がらせ&ムラ社会撤廃運動」になったときに、私は正式に退室しました。私は退室の理由は言いませんでした。ネット上とか、即売会で、同人作家が嫌がらせにあうのが由々しき問題だから、同人作家のお仲間ルームとして、これを第一の問題にすべきだというのは、まあ正論は正論ですからね。まるで、中学の生徒会の議決みたいに、正論ですよ。
しかしですねえ・・・若き女子学生じゃあるまいし、お嬢ちゃんじゃあるまいし、嫌がらせされたら、即座にギャアギャア抗議すればすむことです。「いい子ぶりっ子」やってないで、凶暴になればいいのです。それで終わりですよ。問題にするほどのことではありません。そんなこと問題にするのは、正しくはありますが、幼稚です。
自分がやりたいこと、進みたい道に苦しいことはつきものです。愚劣な男にも出会うでしょうし、意地悪女にも出会うでしょうし、そいつらから嫌がらせされることも、当たり前にあるでしょう。そんなこと無視して、「私は、このカプ妄想がしたいからやるの!他人なんか、どうでもいいの!」と強烈に思えないような人間が、自分のやりたいことに食い下がれないような人間が、同人活動していこうと思うのが間違いです。
(中略)
あのねえ、自称同人作家のみなさん、嫌がらせされたら、即座に「うるせぇ、馬鹿!!死ね!!」と怒鳴りつけることができないような「お行儀のいい」「お上品」で「心優しい」「作家らしい作家」が、何の不如意もなく、みなさんに愛されて好かれて、軋轢もなく、好きなことやって同人活動していこうなんて、チャンチャラおかしいの。世間は、別に、あんたに同人作家でいてもらいたいわけじゃないんだからさ。「貴婦人」でいながら、かつ「みつみ美里」でいるのは、無理なことです。
天才でもないし、世界で10の指に入る大画家でもないような凡庸な才能の持ち主が、好きなキャラ描いて活動してゆきたいと思うのだから、愚劣な人品卑しい人間にうんざりするほど遭遇するなんて程度のことを経験するのは、当たり前です。正当なことです。それぐらいの不如意を引き受けてこそ、まっとうに忍耐力のある人間になれるってものです。
はっきり言って、ろくでもない奴の方が多かったですよ、私が壁際に来るまでに出会った読み手とか同人ゴロの人間なんて。名前を思い出せないくらい、くだらない連中が多かったです。私は、軽蔑して関心がなくなった人間の名前は忘れてしまうので、名前を思い出せないです。はい。
私なんか、獣界隈というジャンル少年創作の隔離島の出身ですから、若い頃の状況は、けっこう、きつかったです。獣界隈の書き手たちのほとんどが、まず自分ところの読み手を馬鹿にしまくっていました。あ、すみません。私は自分の出身の獣界隈、はっきり言って嫌いなんですよ。言っちゃった????ははは。それから、同人界隈のオフ会になど参加しても、最初は、「獣界隈出?あ、こいつ獣姦好きの変態」という前提で扱われたな。ついでに、先輩の同人作家や受け手や同人ゴロからも、馬鹿にされまくりました。馬鹿が馬鹿を馬鹿にしちゃって、馬鹿ね????♪ウンチがオシッコを嗤ってるうう????♪
(中略)
そういえば、嫌がらせには深刻な被害甚大なものがあって、その嫌がらせに抵抗したら、2chで話題になって獣界隈でやってゆけなくなるから、やむなく被害者になるケースがあるので、そういうのは、同人作家として、見過ごせないという意見も、あのころ、やたら聞いたなあ。
当時は、ケモホモ(雄の獣人×獣人のエロ)だかのエロ同人で有名な同人作家の取り巻きが、遊び相手の家で、遊び相手を食いまくって、どうのこうのという書きこみが2chFANGスレで起きた後でした。その取り巻きは仲良しグループを追われ、獣界隈を追われ、ついにはMixiを退会しました。
私は、「しょたやねん」で、事件が起こるずっと前に、このケモホモだかのエロ同人で有名な同人作家の取り巻きの実物を、自分のサークルの机越しに見物したことがありました。いかにもお上品でオサレで端正な色白の「バンドとかに興味あったけどやる気なくてあきらめ系」な顔でしたが、「同人作家としてのやる気」が奇妙でした。普通程度に勘がいい同人作家ならば、近寄る気にならない類の奇妙な邪気を、彼はメッセとかで発散していました。
私は、一応は、この被害者の方々と絵チャットでご一緒なんかもしたことが数回あったのですが、しかし、はっきり言って、「どっちもどっちだ」と思っていました。あの事件の「被害者」とされた自称同人作家は、同人作家として出世したかったからこそ、あのケモホモだかのエロ同人で有名な同人作家の取り巻きをやっていたのでしょう?ならば、最後まで、計算ずくで、そいつを徹底的に利用してやればよかったのに。それも、ひとつの覚悟の定まった立派な生き方です。
(中略)
自称同人作家のみなさん、どっちの道を採るか、ちゃんと真面目に選びましょう????いったん選んだら、迷いは捨てましょう????同人の世界を才能&努力と業績の質で生き抜けない場合は、権謀術数と打算と色香で生き抜くか、どうでもいいの!本をだしてゆければいいの!好きにやるの!と生き抜くか、どちらかです。どちらも選べないような優柔不断で潔くない中途半端な甘ったれた奴が、ギャアギャア騒ぐんだよね。しかも、つるんで。団体で。集団で。あ????カッコ悪い。
……おわかりでしょうか?
そもそもみつみ美里さんはエリート中のエリートなのです。みつみさんは、みつみさんに憧れる私たちとは同じ土俵の上に立っていないのです。天才でもないし、世界で10の指に入る大画家でもないような私たちが好きなキャラクターを描いて活動してゆきたいと思えば、自分の思想がどうこうではなくて、まずは愚劣な人品卑しい同人作家にうんざりするほど遭遇することに慣れることから始めなければならないのです。
そして、「意識的で戦略的に生きる」とは、要するに権謀術数と打算と色香で生き抜くか、どうでもいいの!本をだしてゆければいいの!好きにやるの!と生き抜くかのどちらかの生き方を望むか、なのです。
ちなみに、藤森先生は自称同人作家向けの“戦略的な生き方”として、次のように書いています。
あのね、若い自称同人作家のみなさんに言っておきますけどね。(かなりの数の)同人作家ってのは、相手の同人作家が自分より圧倒的に劣った立場だと、いくらでも親切にしてくれるの。いくらでも優しくしてくれるの。優越感と支配欲から、ね。人間的に優しいわけではないの。
だけどね、少しでも、自分と並び始めると、同人作家は相手の同人作家に、意地悪するもんなの。(かなりの数の)同人作家ってのは、プライドだけで生きている弱い臆病な生き物だから、すっごく嫉妬深いの。でもって、自分が嫉妬しているってことが自覚できないの。馬鹿なの。自己分析できないの。自分の感情を直視できないの。その程度の、他愛ない奴が多いの。ガキなの。お子様ランチなの。
だけど、同人作家のいいところはね、「あ、こいつは、こっちが何言っても駄目。こいつの視野に俺は入ってない。でも、こいつは俺に敬意を払うフリぐらいはするな、ならばOK」と、合点すれば、もう何もしないってところ。そうなると、無関心になってくれて、形式だけの挨拶と社交辞令でおつきあいできます。これぞ、「平和な大人の関係」ですね????そういうところは、つきあいやすいですよ、同人作家というのは、ほんとうに。そういうところは、同人作家はオトナなの。立派なの。豚キムチなの。
(中略)
つまり私が何を言いたいかといえば、同人作家に意地悪されて、2chで嫌がらせされるようになったら、同人作家も一人前だってことです。親切にされなくなったり、「かばって」もらえなくなったり、悪口言われるようになったら、喜ぶべきです。私は、先輩の同人作家や受け手や同人ゴロに、しょーもない嫌味言われたりするようになったときは、「あ????こいつら嫉妬してる????カッコ悪い????ばっかみたい????貧乏くさい????♪」と思って、喜びました。私は、二次元で、可愛い萌えキャラをちゃんと確保できてましたから、リアルワールドで、馬鹿同人作家にどんな意地悪されても、どうでもよかったですし????
まずは、自称同人作家のみなさん、結婚でもいいし、不倫でもいいし、同性愛カプでも、近親相姦カプでも、その他の各種いろいろ「禁断の愛」で構いませんから、まずは、知的にも情緒的にもサポートしあえる「安定した萌えキャラ」を確保してから、荒波に、嵐の中に、アホ同人作家&アホ受け手の海に、漕ぎ出しましょう????って何の話か?
自称同人作家としての戦略的な生き方、それは、いい男がいなければ二次元で萌えキャラ探せばいいじゃない!なのです!
凶暴化すれば嫌がらせは終了!
好きなことをやって生きていこうと思えばクソ同人作家ばかりにぶち当たる!
その全てがあまりにも真理過ぎます!なので、自称改め不肖ピコ同人作家の私はこれからも壁際同人作家の藤森かよこ先生を電信柱の陰から応援していこうと思いました。そして、若オタとして同人作家を目指す皆様にも是非この事実を伝えたく思い、筆をとった次第です。
若オタの皆さん、是非生涯で一度は同人作家を目指しましょう!
そして人間のクソったれっぷりをこれでもかと見て、社会に適応出来るようになりましょう!!
逆にクソったれっぷりを見たにもかかわらずついついそのまま同人作家へ就いてしまおうと考えるようになってしまった人は……?
社会に適応しなくてよし!
バイト中、である。そろそろ日付が変わろうとしてる。午後11時33分。今日の業務も終わりにちかい。
はやくかえりたい。きのうは徹夜だった。朝になっても眠れなかったからそのまま出勤した。眠い。あくびをかみ殺す。
24時間前に来ればよかったのに。眠気。
見本を受け取りに3階へいく。最近は規則が厳しくなった。デスクにその旨を伝えバイト用ICカードを受け取る。
このバイトをはじめて2年以上経つ。なんだか最近はとてもたいくつだ。
もう一人のバイトさんはもう帰ってしまってオフィスに居るのは僕とデスクだけ。
まあ彼が居てもあまり話さないのだけど。
非コミュ。お互いに。
趣味は似てるんだけどな。嫌ってわけじゃない。むしろ金曜のバイトはお喋りしなくて良いから楽。
火曜に一緒になる女の子はお喋り好きでどうにも疲れる。可愛いんだけどね。どうにも疲れてしまう。
ふたりとも別に嫌いじゃない。これ以上仲良くはなれないだろうけど。
エレベーターで6階に降りる。すっと引っ張られるような感覚。三階下におりる。目的の部署へ向かう。
おつかれさまでーす。ありがとうございまーす。
脊髄から出てくる言葉。意味のない。社交辞令? たいくつだ。とても。
ここ1年くらいはもう何も考えずに仕事が出来るようになっている。
はぁっ。とため息をつく。何もかもおもしろくない。数ヶ月間この状態だ。
まったくあきれてしまう。自分の弱さに。彼女に振られたくらいで。
なんだか胸にあいた穴をついばまれているような感覚。最近はもうめっきり仲良しです。憎らしい。
安っぽいな。そう思う。
テレビのドラマなんてもう何年も見てない気がするけど、そこで繰り広げられる安っぽい恋の話よりも安っぽい自分を。
ぐるぐるとまわる。あたまのなか。眠い。頭はぼけーとしている。傍目に見てもフラフラしているかもしれない。
でも慣れきってしまった僕はそれでもカンペキに仕事をこなせる。バイトをしている最中の僕は人としては死んでいるかもしれない。
まあどうでもいいや。時給高いし。見本は受け取った。
自分の部署へ戻ってファックスをNYにしゅるりるると流し込んでメールを送って確認を入れればもうこんなところとはバイバイ。
ああ、おもしろくない。おもしろくない、かわりばえのしないルーティンワーク。
ため息のかわりにあくびをかみ殺す。極力フラフラしないように足早にそこから去ろうとする。
何かのCMらしきものがやっている。
そこではとっても綺麗な切れ長の目の女の子がドレスを着て優雅に歩いていた。
なんて名前の子だったかな。柴咲コウにちょっと似ている。
流れるような動作。美しい。風のように流れていく。ひゅらりと。多分とってもいい匂いがするんだろう。
彼女が振り向く。投げかけてくる。蠱惑的な視線。
しなやかな長い指でポーチから何かを取り出す。たったそれだけの動作すらセクシーだ。
とても大事そうに、うっとりとそれに視線をおとす彼女。
相変わらずあつく潤んだ瞳は今度はテレビの前の僕の方に向けられている。
一瞬の後、彼女の姿がぼやけていき商品の名前が出てCMは終わった。
僕は唐突に笑い出したくなった。滑稽だった。
彼女に振られたくらいで死にたくなるような気分におそわれている僕が。
「これって新製品なのよ。すごいでしょう?」とでも言いたげに艶やかにわらう女が。
別れた後にも『貴方のこと、尊敬してるし、人間として大好きだから、友達でいたい』なんていう僕の恋人だった女の子が。
そしてそれを受け入れてしまって、ことあるごとに「以前」に戻ってしまった彼女の態度を実感して傷ついている僕が。
ははは。なんだよもう。すべてがやすっぽい。滑稽だ。おもしろすぎる。
徹夜明けのぐちゃぐちゃした頭の中がほのかに熱を帯びてくる。
我慢してもにやけ顔はとまらない。僕はおおいそぎで仕事を片付け、まだ寒い、そして誰もいない夜の大手町に駆け出すと、大声でわらった。
わらいつづけた。なみだがでてきた。
知らない番号から着信がきた。
出てみると小学校の同級生だった。懐かしい
話を聞くと、同窓会してたらしい
…誘い来なかったんですよ、えぇ。ま、よくあること。
酔っ払ってるみたいで「小学校のころ誰好きだった?電話代わってあげるよ」とか
しらふで勉強してた俺に聞いてくるなよと。
こういう話題出て軽いノリで「○○ちゃん!代わって!代わって!」とか咄嗟に言えない時点で俺は三流なんだろうな。
その後俺の大学聞いてきて、何か馬鹿にされた。どうせ宮廷のそちらと比べたら下かもしれませんよー。
最後に男から電話代わった女の子が次は俺も誘ってくれるとか言ってくれたのが唯一の救い。
顔も全然覚えてない子だけど、これが社交辞令だろうが、酔っ払いと変な電話しただけなのと、
最後にこれ言われるのでは大違い。
ま、次の同窓会誘われても行かないだろうけどね。
こ、、これはカオス!!!会社で思わずニヤっとしてしまった、笑。
24だけど周囲はまだまだそんな感じですね。深夜に公園で集まってリボルブとかやってます。
>>「お近くにおいでの節はぜひお立ち寄りください。」というお手紙はあるけど
<<
社交辞令なのかなあ。そういうのだったらやだなー!ちなみに私は本気だよ!
酒場で知り合った初対面の女子(に限る)でも平気で家に泊めたりしちゃう。
>>まだちいさい子が親の後をテトテト歩いてて花に興味をもつ。
<<
いい想像力だ!私も見習う。あと、花を育てるのやめないでね!
まちでそういうの見かけるとうれしくなるんだ。花のないまちはやだよね!
かわいいって言われなくなった。女性が男性にかわいいというとき想像できるのは、「単純に顔が可愛い(つまり童顔美形である)とき」「仕草や行動が愛らしくなってしまったとき」「対象が小動物みたいであるとき」「ばかにして言うとき」である。俺は美形でないが童顔なので、もともと言われやすかった。あとなんか小動物っぽいし。精神が幼いし。どうせなら顔面的にかわいいって言われたかったんだけど。神はそういう顔をお与えにならなかったので。しょうがねえなー。そして俺は気付いたんだけど、自分はものすごくあざといのだ。自分のかわいいピークは恐らく中学生だったのだけど、そのピークに至るまでに同級生上級生男子女子問わず死ぬほどかわいい言われたんだけど、中学二年生のとき、何か忘れたけど契機によってもうかわいい言われるのに飽いてしまって、もともとあったあざとさなどを、反射的に可愛いといわれる行動をすることを、やめて、俺はあざといやつ、きもいやつだと言って、引きこもろうとおもったのだが、ときというものは既に遅く、俺はもうカワイイというキャラとして決定されていて、やつら俺が何もしなくても、ほんの間隙をついて、かわいいと言いやがって、お前言いたいだけだろうが、と俺は思ったけれども、いえなかった。かわいいっていわれるの嫌だったの、っていまさら、みたいな。かわいいについてそんなマジで考えてたの、きもいです、みたいな。かわいいといわれる人間はじぶんがかわいいということについて理解していてはいけないのだろ、そういうの、まだキャラに縛られているんだけれども、まあいい、とにかく、あざとさを外に出すべきではなく。なぜなら、あざとさを外に出してかわいいのは高等技術か、あるいは圧倒的スペックをもっていなければ。圧倒的スペックはない。見せかけである。ほんまはかわいくねえ。あざといのが見えると基本的には気持ち悪いかうざい。どちらかというとうざいが強め。うぜー。めちゃくちゃうぜー。ってなるので、バランス感覚は大事である。かわいいって言われてた、というこの文章が既にうぜえ、と俺は思うしね。当人としては当然こうするとかわいいと言われるだろうなというのは知っているのだが、それを知っていることをばらしてはいけない。対外的には気付いていてはいけないのだ。周りは当人がかわいいを自覚している事を気付かないか気付かない振りをしてTV的エンタテインメントに耽るような態度でかわいいってなんとなく言って、といあえず満足して、それも何か消費できるものならばもはや何でも良いわ的娯楽のひとつだ。藤岡弘、探検隊的な人間、キャラクター、他人としての俺が、もはや自分うぜーになったのだが、中学生でカワイイキャラ脱せなかった。しょうがねえ。高校入ったらキャラ変えよう。知らん人ばっかだし。どうせ。って思って、ほんで脱したんだ。ヤッター。ブスーとして子供的に振舞わなかった。それにそもsもがほぼ男子校だったから(男30女5とか)、女子集団的なattackはなかったので余裕だと思ったけど違くて、俺が女の子に近づかなかったからだった。ちゃんと喋るようになったのは高校3年生になってからでそうしたらそうしたそばから、そのへん5人女子からかわいい扱いをされれ、愕然したので、かわいい扱いをされる男としての、っていうのをかんがえたんだけど、別にかわいいって言われても、男だからかわいいはむかつく? ってことは今までなかったんですけど、このときはなぜか俺は今もしかしてお前は恋愛対象外ですよ防御をはられたのかとか、それとも、今俺なんかあざとかったの、きもかtったの、嫌われてんのんと思って気が気ではなくなったが、褒めてる顔で言っているので、深い意味はないのだきっと多分、と思いたかったが、でもこの人は嘘をつくのが上手そうだ。ていうかさらって言われた一言に俺はこんな必死なってださい。自意識過剰だ。どうしよう。深い意味はないと考えるのがクールです吉です。うけながそう。かわいいは俺にとって無視すべき言説だ。まじでうけとるのはきもい。怒るべきでないし、喜ぶべきでもない。でも嬉しくないし、喜びたくない。すねるのはもはやあざとすぎ、て、できねえ。爾来わたしはかわいいに対処できない。固まって、不自然な間ができて、合いの手のごとく意味不明な言語を唸るようにして言って、話を変えて、なかったことにしようとするのだが、それはあまりに不自然なんだけど。でもなんていったらいいか分からない。ていうかそれをどのような態度で、ていうの。なんて返せばよいのか。社交辞令も世辞も時候の挨拶も僕はできない。顔文字も使えない。気持ち悪くなってしまうというか不誠実してしまったような気持ちになってくよくよするのでやりたくない。自分大事だ。笑ってありがとうなんていえない。よく言われるーとか言って誤魔化すとか無理。何言ってんだ、君のがかわいい。って言うのダブルできもちわるい。そんな奴は死んでしまえ。これ非コミュっていうの。年齢が上がるうちに僕は構われなくなってそもそも普通程度にさえできない些細なコミュニケーション能力は死滅しそう。引き篭もり。end