はてなキーワード: 社交辞令とは
「僕は、タテマエとか社交辞令とかは嫌いなんです」
「本音と建前を使い分けられないと社会では居場所がないかもしれないわね」
「それが真実なら、僕には居場所がないですね」
「そういう風に(ネガティブに)考えることはないんじゃないかな」
いやいや、あなたは自分で僕のことをを追い詰めるようなこと言っておいて、僕がそれを真に受けたら今度は気休めをいうのか。
僕をそういう思考に追い込んだのはあなたでしょうが。
どっちかにしてよ。
ずるい。
「居場所がない」という発言は、この場合『事実の叙述や定義』ではない。確かに『居場所がない』ことは誰しも嫌なことではあるが、だからこそ同時に「社会に『居場所が無くなる』なんて極端なことは基本的には無い。」という大前提は、この社会でおおむね成立している。
では、その比喩的表現で何を伝えようとしているのか。それは間接的誘導であり、つまり婉曲的な勧誘義務命令の伝達であると推測できる。「かもね」という婉曲的な発言もこれを後押ししている。つまり
「Aしないと×××っちゃうかもね」
=「×××っちゃうというのは明らかに言い過ぎで冗談だけど、でも×××っちゃうのは嫌でしょう?」
=「(だから)Aするのが良いと思うよ(するべきだ、しなさい)」
ということ。たとえば、彼女に「浮気したら殺すからねー、なんちゃって」と言われて、「じゃあ浮気をする可能性のある私はあなたに殺される可能性が高いということですね」と返すヤツはいない。(この文脈で「殺す」という発言が、言葉通りの行動の遂行意志の表出であるという可能性は限りなく低く、普通に考えれば「浮気しないでよね」という依頼の比喩的表現であると推測すべき。)それと同じ。
従ってそれを「真に受けた」発言の方が誤っており、誤っているばかりかその発言は「あなたの勧誘・義務・命令にかかわらず、私はそのようなことをする意志を持たない」という言明になっており、情況に鑑みて適切な対応とは言い難い。さらに付け加えると、そのように「AでなければB」という思考自体が批判の対象になっているわけであって、先方のそのあとの応答自体は同じこと(そういう思考法は止めた方がいいのではないかor止めるべきだor止めなさい)の繰り返しに過ぎない。「あなた」の対応は、レトリカルには全く無矛盾であって、おかしいのは元増田の方。
ストレス耐性と頭の回転の速さ見てます。すべての面接が圧迫だと問題あり。
209 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/19(水) 19:06:08
志望動機とかどうせデタラメだということは分かってると思うけど、何でそんなに重視してんの?
211 :君、採用。:2006/04/19(水) 19:08:41
>>209
社交辞令みたいなもん。加点対象ではないね。
しゃべれてあたりまえ。でも、たまに違う角度で言ってくる奴、働いている立場の担当者と非常に近い視点で話す奴がいるんだ。
そういのは殆どないけど、激ポイント高。
210 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/19(水) 19:08:02
自己PRとか聞いてて「ああ、就活マニュアル読んできたんだな」とか感じた場合どうする?
即落ち?
212 :君、採用。:2006/04/19(水) 19:10:01
>>210
最低限の準備はしてきたところは評価される。でも頼りすぎると印象が薄くなって、どちらにしようかな?ていうとき落とされる。
217 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/19(水) 19:30:57
「最後に質問ありますか」、ってアレ、ただの時間合わせって聞いたけどまじですか?
218 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/19(水) 19:32:24
>>217
俺は当落線上にいるやつを判断する為だって聞いた
227 :君、採用。:2006/04/19(水) 20:00:56
>>217
>>218
質問は?って聞いて「何もありません」はポイント低い。能動的な内容で質問して欲しい
534 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/22(土) 01:09:42
面接でそれまでうまく進んでても一つ失言したらそれでアウトとかある?
535 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/22(土) 01:31:02
>>534
>>1じゃなくて悪いが、企業ごとのタブー用語はあると思うよ。
友達はある企業である用語をいった瞬間、人事の態度が変わったらしい。
それで、落ちてた…
536 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/22(土) 01:38:03
学生時代に頑張ったのは友達との交流→なぜなら友達と一緒なら勉強も遊びもより楽しめたから→社会に出てからも人とのつながりを大切にしていきたい
っていう、実は中身が何にも無い自己PRはどう思う?
544 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/22(土) 01:51:00
自己PR=将来の夢
志望動機=貴社が将来やりたいことを学んでいけるから
↑こんな感じで語ればOK?
何か自己PRで夢を語る人ってあんましいないのね。褒められたことあるし。2次の時に、あなたの一次での自己PRを私は今でもはっきり覚えてますって。
3人の面接官の一人が同じやつだった。
>>534
>>535
とりあえず企業がやってることにケチつけるのはNG。聞きたければ、「このお仕事で○○さんが苦労されることは?」なんてのが良いと思う。
>>536
学生の自己PRはどれも中身がなくてあたりまえ。それよりも、その中身の無い自分をいかに魅力的に口頭
で語れるか?がミソです。
>>544
志望動機はなるべく具体的に書いたほうが良い。「御社の今の事業をべ-スに将来こんなことが出来ると思って・・・」とか。
面接官にも夢見せてあげて。
622 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/24(月) 20:07:43
他社状況聞かれるときなんで落ちたと思いますか的な質問されることがあるんですが
あれはなにを意図して聞いてるんですか?
625 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/24(月) 20:22:52
>>624
人事さんに質問です。
どんなところ(何)を評価しますか?
627 :君、採用。:2006/04/24(月) 20:25:51
>>622
自己分析と、その欠点の発見、その修復作業を行なえているか?仕事も求められるのは同じ力です。
>>625
641 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/24(月) 22:00:45
なんて事は良くある?
648 :君、採用。:2006/04/25(火) 00:59:18
>>641
人事の鉄則に「迷うなら採るな」という選定基準があります。「うーん」と迷った時点で「じゃあやめとこう」というのが主流。
やはりフィーリングバトル・・・
650 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/25(火) 01:04:50
おつかれさまです!
質問があります
人事の方に印象のよい受け答えとはどういったものでしょうか?
話し方や内容などなんでもお願いします
651 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/25(火) 01:09:57
>人事の鉄則に「迷うなら採るな」という選定基準があります。「うーん」と迷った時点で「じゃあやめとこう」というのが主流。
マジか。新事実だ。
いや腹立つわけじゃないけど、へぇ〜って感じ。
653 :君、採用。:2006/04/25(火) 01:15:22
>>650
自信を持った喋り方。小手先でどうにかするなら「〜と思うんですよ」「〜と感じています」
ではなくて・・「〜しなきゃいけないと考えてます」「〜であるべきだと感じています」など押しの強い語尾にする。
営業でも使うテクです。
>>651
逆の立場で考えてみてください。経営陣からすれば、大事な利益を供与する同志を探す訳ですから・・・。
553 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/22(土) 02:15:51
これがやりたいとか明確な目標持って職を選んでるやつなんているのか?
>>553
でも中に目標を定めて邁進することに関して天才的なやつがいる。大抵独立する・・。
678 :就職戦線異状名無しさん :2006/04/26(水) 01:45:33
人事の方は、コミュニケーション能力とはどういうものだと考えているのでしょうか?
729 :君、採用。:2006/04/27(木) 21:05:50
>>678
相手にあわせて話すことができる。自分の価値観だけで受け答えしない。間がはかれる。
946 :君、採用。:2006/05/15(月) 00:47:04
>>1です。
みなさん自己解決したり、相互の情報交換したりで良い感じかと思います。
上でも何度か書きましたが、やる前から迷っていたり、まだどんな仕事かもわからないのに躊躇している場合が多いと思います。
社会人は皆言うでしょうが、どんなに希望通りの会社にはいろうが、必ずギャップを感じて挫折します。
間違いなく。
これの乗り越え方は人それぞれです。
私の場合、会社の人間関係や、仕事、疲れ、そして上記のような挫折を乗り越えるパワーは、「この仕事は確実に世の中の役に立っている」ということを感じられたからでした。
私見ですが、給与とか、知名度とか、福利厚生とか、安定とか、知名度とか、ステータスとか、それらがどんなに高くとも、「その仕事の大事さ」が全く感じられなければ、腐って辞めていくか、社畜系サラリーマンになってしまうと思います。
http://anond.hatelabo.jp/20071215121048
「こんなの初めてー」とか、今までで一番・・とかって普通に言うでしょ、オンナノコたち。
ホントにそうかもしんないけど、ボクは社交辞令として受取ってるよ。
「羨ましい」と言われると妬みのニュアンスを感じて、そう言われて気分のいいやつって稀な気がするんだが。
「嫁さんが理解があって羨ましい」とか「仕事が速くて羨ましい」とか言われたら俺ならムカつく。
そうなりたいなら嫁と話し合ってお互い理解を深めるとか仕事の段取りを考えるとかすればいいだろうと思う。
別に自分はそうなりたいわけではないけど相手を持ち上げるための社交辞令だというのなら、「理解のあるいい嫁さんだね」とか「仕事速いね」とかそれだけでいいんじゃないか。
社交辞令だからスルーしろとか、気にし過ぎなあんたが悪いとか、言われてるが、俺はそうは思わない。
同年代と付き合って結婚する場合より、「羨ましいわ」+「一言」っていうのは、あるんじゃないか。増田の「気のせい」ではすませられないくらいには。年下と結婚することの価値を多く見積もってる人もいるし、増田自身が年下に価値があると考えてる人だと勘違いされてるかも知れない。そうしたら、チクリと一言多く言う人もいると思う。
とはいえ、前から「年下の彼」に関していろいろ言われていたなら、増田の聞き方に、ちょっとはバイアスかかってる可能性もある。
むしろ、その両方があって、大音量に聞こえちゃった、幸せな気持ちに水をさされた増田が、落ち込んでる気がするんだが。
夫婦になったら、きっと今よりは年齢のことを気にされなくなるよ。もうちょっと。
先日,男1女1プラス自分(男)で遊んだ,(というより運動した?)
友達と恋人に明確な方向性の違いがあるなら友達の関係の人たちだ.
帰り,自分だけ先に帰ることになってさよならした.
社交辞令的なまたね.って言って分かれた.
角を曲がって明らかに見えないところまで来たとき,ふと,
そうおもってしまうと,単に感想とかを伝えようと,チラッと思っても,
俺はモテ男になりたいわけじゃないって強く反感してしまい.
メールしようという気持ちがまったく出てこないように念じてしまう.
あー,これでつながりを切ってしまうのだなと感じつつも,
念じが強く,自分からは動けない.
非コミュ?だなぁと自棄になりながら,別のコミュの呑みに参加.
ここでも相変わらず無口.
そう言い聞かせても,腰はあがらない.
いいなあー。
自意識過剰なのはよく分かってるんだけど、可愛いって思ってしまったら「大したことないのに、思い上がるな」って嘲笑が飛んできそうで、一人でいるときにも思うことは出来ないよ。他人から言われても、思い上がるなって言いたい人らに目をつけられるきっかけになるだけだから、ビクッとしてしまうだけだ。社交辞令のひとつも流せない自分が嫌になる。みんなスムーズにやり取りをしてる中で、ひとり流れを止めてるんだ。びっくりした表情の相手にごめんなさいって思うんだけど言えないんだ。だって、そんなこと説明していいか分からないんだもの。
もういい大人になって、周りにはそんなこと言う人はもういないんだけど、でも自分の中にいるもうひとりの自分が強烈にストップをかける。鏡を見ることは苦手だ。ただ苦手なんだ。
吐きすてますよ。
溜め込むと寝れそうに無いので増田で書いておく。
本当にどうでもいいことならば、ローカルに書いて置けばいいのだろうけど、やはりどこかで誰かに相手してもらいたいという甘ったるい感情があるのだろうな。
罵倒でもいいからレスポンスがほしい、そんな感情があるのでしょうね。ネットに文章を書き込むということはそんな思いがあるからなのだろう。
ネットワークの中で何千何百書き込まれるエントリーで埋もれればいい。そんな矛盾した感情もあるのだけれど。
自分のアクションで、他人が影響されて行動を変化させる、そのことを非常に私は恐れている。
自分の行動が誰かに影響を与えることは、理解している。
でも、そのことが非常に嫌なのだ。
その考え方が生きていくうえで、非常に面倒な考え方だということも、客観的には理解している。
自分が今生きていることも、過去の無数の人間関係の上に成り立っている事だって分かっている。
でもそれだけだ。
何だろ、誰にも相手されないのは嫌なのだけど、深い人間関係の中に入っていくのは億劫。
社会的に生きていくうえでのスキル。それが必要なことであることは理解している。
でもそれだけなんだよね。
自分自身の感情とか思いとか、そんなものは生きていくうえでは必要ないのかなと考えたりする。
でもって、感情的に本気でなれるものはいまだにない。
とりあえず、社会的に彼女とかも必要なのかなと思って、付き合ってみたこともあるのだけれど、自分が本気で恋愛感情が無いことを伝えてみたら、当然のように離別した。かなりひどいことをしたとは思う。
どうでもいいことだな、本当に。でもこうやって書き込むということは、誰かに理解されたいという感情があるのでしょうね。
このエントリーも無数のエントリーの中に埋もれてしまえばいいと思っている。ならば書かなければいいのだけれども、書かずにはいられなかったのだ。
なんでもいいや。単なる鬱持ちの戯言ですよ。
わっわかんねえよ!言い訳じゃなくて!
こういう事を書くとあなたを絶望させてしまうのかもしれないのですが、うすうす気づく以前にあなたが誰なのか全くわかっていません。
私は本当に鈍いし、頭もそんなに良くはありませんので。
なんというかな、太一郎には駆け引きに対応する入出力回路自体がついていません。
面と向かって「大好きです!」って叫ばないと分からない?
多分言われないとわかんないよ。
自分に男女間の好意が向けられているという前提で行動を起こしたことがないんだ。
言われても最初に思い至るのはそれが私をからかう為の何かではないか、ということだと思う。
#社交辞令なのかな…
#たぶんいたずらなんだろうな…
#てゆっか本当にこのエントリは私に向けられたものなのかな…
#僕じゃない太一郎なんだろうな…って思ったりなんかしちゃったりなんかして。
一般に行動を起こす際に他人の善意を期待してなにかすることがほとんどありません。
悪意は向けられていないだろうという前提で行動して痛い目にあったりはしています。
男は傷つけても平気だから、簡単に行動を起こせます。
女性を傷つけるなんてありえないから、動けません。勘違いだったらどうするんだ。
しかし私が気づいていないという事象が誰かを傷つけているらしいという貴女の発言で今の私はただ立ちすくむばかりです。
謝ることしかできません。気づいてあげたくても、本当にわからないのです。ごめんなさい。
得意げに書いてるのが鼻についたとかじゃないからね。
なんっていうかね、「非モテだった俺が女の子と上手くいきそう!」っていうのでテンションが上がってしまうと、「上手くいきそうな状況」に恋してしまうというか、そういうことってありがちだと思うんだよ。
女の子のことが見えなくなってしまわないように気をつけてね、と言いたい。
もっと具体的に言うと、女の子はこんな店とか好きなはず!って思って案内するだけじゃなくて、その子の趣味とかも考えてあげるともっといいよ、ってこととか。
なんか元増田をとても応援したい感じなのだよ。
あともう一つ知っておいた方がいいのは、女も大学生くらいになると、社交辞令も上手いし、フラグが立っていない相手とおしゃべりすることもできるし、初対面の相手に自分のいい面だけ見せておくことも上手くなってるってことだな。
「こちらこそありがとう!○○とかあまり知らないから行きたいなー」という返事が来る(好印象?)
よくないとことかこれからのアドバイスとか教えてちょ。
超普通。良くないところはないが、特に良いというわけでもない。
上記の返事は社交辞令。
増田は次の「街の紹介」で勝負が決まると思っていい。
特にスゲーkwsk紹介するとかじゃくてもいいけど、適当にやって彼女との語らいを目的にすると引かれる場合がある。
真面目に使える感じの所を紹介して、最後に「ここ美味しいんだよー」とか言いながら、いい感じのローカルな居酒屋なんかに行けたら最高。
いや、俺が酒飲みなだけか!?
でも、こんな感じで繋ぐと、この日は特に何もなくても将来に繋がる第一歩になると思う。
つーか、美味しい物は無敵アイテムなので、よく調査しておくべき。
#他にも、品揃えの良い本屋や制服の可愛い喫茶店とか・・・こんなんでポイントを稼いだ遠い夏の日の記憶がある…(遠い目)
おされスポットなんて俺たち増田が調査しても無駄なので諦めよう。
まぁ、とりあえず、次に何かあったら教えてよ。楽しみにしているからさ。
後輩たちにつきあって飲み会。一緒に散々騒いでゲラゲラ笑って、ぐったりした帰り道。楽しかったよありがとう、と社交辞令半分で送ったメールに返信されてきた、先輩への儀礼溢れるメールをニヤニヤしながら読んでいたのに、急に泣けてきて、それがなぜだか分からなくて、びっくりしながら恐ろしくなる。これは何だ、これは何だ。一体どうしたって言うんだ。ボロボロ泣きながら、そんな自分を心配してる自分。みんなとワイワイ騒いだ後で、独りになると寂しい気がする。そんなことなら、小さく溜息でもついて、テレビ付けたり、本読み始めたり、買い物に出かけたりすれば、それでやり過ごせる程度のことのはず。
だけどこれは違う。胸を締め付けられるほど悲しくて、何が悲しいのか分からない。みんな楽しそうに生きてるのに、自分はこうして独りだから? 同年代のみんなは結婚したり、子供がいたり、会社を経営したり、それぞれ何者かになりつつあるのに、中途半端な自分はそのうち身の置き場がなくなりそうだから?
いろいろとそう言うもっともらしい原因を列挙して、更に突き詰める。寂しいのか。単純に寂しいんだ。誰かそばにいて欲しいんだ。だから最近急に友達作りに励んでみたり、久々に旧友と連絡取ったりしてるんだ。でも、そんな事じゃ満たされないことが分かるから、素に戻って泣けてくるんだ……。
……嘘だ。全部嘘だ。この年代にありがちな悩みだとか、新聞のコラムや雑誌の記事にでもありそうな、そういうことにしておきたいだけだ。本当は違う。独り言言う癖なんか無いのに「…そうじゃない、違う!」と口から否定の言葉がこぼれるほど、認めるのを恐れているだけだ。
寂しいのはその通り。だけど、理由は違う。みんなとワイワイ騒いでいても、本当に会いたいのはその中の一人だけだ。呼ばれてもいない飲み会に性懲りもなく顔出して、その人がいないととたんにどうでも良くなる。今日はテンション低いんですね、などど鬱陶しいツッコミを入れられるのを防ぐために、いつもにも増して明るく、元気に。
たまに呼び出して、ニ人で食事する。先輩におごってもらってラッキー。気軽にそう思ってもらえるように気を付けながら。今度行く合コンの話とか、最近はまってることとか、できるだけ他愛もない話で。頻度が高くなりすぎて鬱陶しく思われないように、必死で調整する。それでも週に一回は呼び出してしまう。全然たまにじゃない。抑制、利いてないよ。でも足りない。
じゃあ、と別れるときには次にいつ会えるかで頭がいっぱい。その場で次の約束を取り付けたいのを必死で抑える。時間ある? と電話するときには、その日は都合が悪くて、と断られたときにこちらのがっかりが電話越しに伝わらないように、あらかじめ断られる想定で何回も明るい電話の切り方を頭の中で繰り返しておく。そのせいでOKだった時の方が、こちらのテンションが低いくらい。内心と正反対。
「この間借りた本、面白くって、はまり気味です。あの作家が書いた他の本、今読んでるんですよ」
「へえ、そりゃ良かった。返してもらうのも面倒だから、あの本あげるよ。捨てるなり、ブックオフに売っ払うなりしといて」
これでほんの少しでも、自分の痕跡を残せたかも知れない。いつか自分のことを忘れても、あの作家の作品は読んだことがあると思い返すたびに、自分のことも思い出してくれるんじゃないか。本当はそんなジャンルの本、読む習慣無いんだよ。一緒に食事ながら話してる間に、ヒリヒリするほど敏感に張り巡らせたアンテナで集めた情報で、この作家ならきっと気に入ると思って、初めて読んで、それから貸した。外してなかった。どうでも良さそうに返事したけど、本当は、身体中がジンジンするほど、うれしい。
「そうだ、今度何人か集めますから、飲みましょうよ」
「え、なんで」
「なにかとお世話になってるし、仕事大変そうだし、よく分かんないですけど」
「なんだそりゃ」
眉をしかめて苦笑しなから、申し出を聞く。天にも昇る気持ちだ。自分のためにそんなこと企画してくれるなんて。苦笑いの仮面を付けたまま、日程決めて、仕事の段取り付けて、当日を待つ。その日のために生きているような、数日間。
迎えた当日。気の置けない数人と一緒に、飲んで、しゃべって、久々にカラオケ行って、朝まで。バカ騒ぎしながらも、自分に気を遣ってくれてるのが伝わってくる。何人かいる中で、自分にだけ気を遣ってくれている。歌の合間、会話の合間に「次、どうしたいですか」と決して言葉には出さず、さりげなく目線で自分の気持ちを探ってくる。それがこんなに気持ち良いものだったとは。もう何年も忘れていた。何だろう、爪の間から遡ってくるように、じんわりと痺れてくるような感覚。まともに目を合わせちゃいけない。泣き出すか、もっと大変なことをしでかしてしまうか、とにかく身を任せちゃ駄目だ。壊れる。
死ぬほど笑って、疲れて解散。帰りに、参加してくれた全員にありがとうのメールを送っておく。入れ違いに、一通のメールが届いている。あの人からだ。簡単な、お礼と体調を気遣う内容。徹夜させたのはそっちだろ! と憎まれ口を返信しながら、涙が止まらない。ありがとう、ありがとう、どうして君はそんなに残酷なんですか。出会ってからちょっとしたことで簡単に笑うようになってしまいました。ささいなことでも嬉しくてしかたないと思うようになりました。自分が怒っていることにも、悲しんでいることにも気付いてしまうようになりました。許せない、許せない、正気の私を返してください。こんなことには、こんなことにだけはなりたくなかったのに。
泣いている理由なんて、考えなければ良かった。
終わらせよう。こんなことは。目を瞑って、時間が過ぎて、やり過ごせるようになるのを待とう。いくつか交わしたささいな約束も、抑えが利かなくて大げさになりすぎたメールも、気軽な優しさに満ちたそれへの返信も、時間さえ経てば、思い返しても苦笑いで済ませられるはず。装うんじゃなくて、本当の苦笑いで。今までだって、そうしてきた。今度もできるはず。そうするしかない、そうするしかないんだ。
あーこいつキモいなーって目で見ているのに、私の隣しか空き席が無くて、嫌だけどここしか空いてないし疲れてるし座るか、あーでもキモいなーって感じで座られると、何だか座ってるのが辛くて立った方がいいのかなとか思えたりするけれども、よく考えると相手が座ってきたのに全ての問題があって、私は先に座っていたのだし、いくら相手がキモがろうが後から座ったのが悪いというか、隣に座っておいて何でこいつが隣なんだよっていうような嫌な目で見るのはやめて欲しい。
あとキモいと思ってるなら思ってるなりに避けてくれればいいのに無理して儀礼的に話しかけられてもキモい反応しかできないから、それでお互いに嫌な思いするならむしろ互いに無視しあって通り過ぎてしまえばいいと思うし、私がそうやってるのだから正視さえ嫌で表情歪めてまで挨拶なんてせずに通り過ぎてくれればいいのにと思ったり思わなかったりするのだけれど、社交辞令は大切ということか。
こういうの見ると社交辞令のような愛想や愛嬌も考え物だなと思ってしまうな。