突然だが、増田諸兄は「学生街の定食屋」と聞いてどんな店を思い浮かべるだろうか?
コロナ以前に大学に通っていた者なら、800円程度で腹十二分目まで満たせて、体育会系の学生で賑わう定食屋が思い浮かぶだろう。
しかし、大賑わいだった定食屋はコロナ禍における外出自粛に加え、オンライン授業の普及による登校機会の減少、サークル活動の停止によって客足の多くを失った。
現に潰れてしまったお店も少なくない。
そして私も、学期の授業が全てオンラインで完結したほか一時期休学していたため、事務手続きを除いて大学に登校する機会は2年間皆無だった。
さて、今春になっていよいよ卒業のために単位数を揃えるにあたり、どうしても1コマ登校しないといけないことがわかった。
ならばと思い、その授業の前の昼休みに定食屋を巡ることにした。
変わらず営業しているお店について。どうか末永く学生街に活気を与え続けてほしい。
潰れてしまったお店へ。美味しくて腹一杯になれた定食を、そして思い出をありがとう。店主やご家族の苦悩や無念さは察するに余りあるが、どうか幸せな余生を過ごしてほしい。
潰れてしまったお店は美化されたうえで思い出に永久保存されるのに対し、「変わってしまったお店」は現在進行形でマイナス感情をもたらしてしまっているのである。
久々に訪れた店で再びデカ盛りを見たときは当時のワクワクが蘇ったが、店内を飛び回る体長1cmの虫と常温で長期保存され劣化したソースによりガッカリの感情で上塗りされてしまった。
店主さんが申し訳なさそうに虫を潰している様子には心が痛んだ。こんな形で馴染みの店を捨てたくなかった。
君とよくこの店に 来たものさ 訳もなくお茶を飲み 話したよ 学生でにぎやかな この店の 片隅で聴いていた ボブディラン あの時の. 突然だが、増田諸兄は「学生街の定食屋」と聞いて...