ピアノやバイオリンは、指の動きが非常に細かいこともあり、ともすると指に相当意識を集中させているように見える。
しかしながらよーく観察してみると、名手クラスのかなりの割合が、指ではなく手、もう少し具体的に言うなら掌全体で、鍵盤や指板を押していることが確認できると思う。
これはある意味当たり前で、素早い動きの中で適切な位置に指を下ろそうと思ったら、指をひん曲げて届かせるより、手の形を崩さないまま手の向きを変えるほうが素早くかつ柔軟に動けて、必要な圧もかけやすいからだ。
…と、思っていたのだが!
実はアマチュアのみならずプロの中にも、「指を捻じ曲げるような」動きを猛スピードでこなしている人が何人もいて、ちょっと仰天している件。
ピアノだと、グーではなくパーをベースに指を動かしていて、「握ったお手玉が即座に落っこちてしまう」動きになっている。
バイオリンだと、親指を思いっきり反らしたままの状態で、指がクネクネ動きまくっている。
もちろん、普通だったらそんな手付きで素早い動きなど到底不可能なはず。
でもできているということはアレか、いわゆる「百万回さらう」ことで指の筋肉を鍛えまくってきたということ?
そりゃ3歳4歳から始めて十数年かければ、それでモノになる人が何人かはいるのだろう。
でも、そういう修行を経て一人前になることが「音楽」なんだろうか?
音楽の基本は間違いなく歌なのだが、指の筋トレと歌を結びつけることで音を表現するのは恐ろしく大変だと思うし、そんなの「本来やらんでもいい苦労」なのでは?と感じずにいられない。
まあ、ラフマニノフやパガニーニとかの超絶難しい曲だと、手付きグーの延長では弾けそうにないくらい、むちゃくちゃな指の動きを要求してくることは想像に難くないので、そういうのに備える鍛錬みたく捉えることはできそうだけど。
外人ギタリスト本人の手がデカイんだろうけど、 変態的に遠いフレットでコード弾くとかコピーする意味あるか?と思ってしまう 身構えてしまって、よっこいしょみたいに弾いてしまい...