「本来Vtuberのアバターは外見関係なく中身で勝負するためのものなのに
そう考えたい気持ちもわかるが(「本来」に出典を求めたくもなるが)
親しい人、好きな人の欠点は愛しくてならない「アバタもエクボ」になる。
けれども、人間の比較対象がネット全体に広がった(あるいは人の心に余裕がなくなった?)世の中では
赤の他人に至っては少しでも気に入らないところがあると距離を取りたくなる。
Vtuberのアバターはそれを少し緩和して、より長く付き合える可能性を増やすものだと感じている。
他人が可愛いアバターを被るようになって欠点を個性と楽しめるようになったのがVtuberなのではないか。
そういう漫画がファミコン通信に連載されていたよな