営業用の大きな冷蔵庫に買ってきた食料の大部分を収めた速見は、帽子とジャケットと靴を脱ぎ、金魚鉢ほどの大きなグラスに氷とジンと少量のドライ・ヴェルモットと十滴ほどのアンゴラース・ビタースをぶちこみ、フォークで掻き回した。レモンの皮を放りこむ。一度に水呑み用グラス三杯分ほどを喉を鳴らせながら飲んだ。露が浮かんだ大きなカクテル・グラスには、まだ三分の二ほどドライ・マルテーニが残った。速見はアルコールが回ってくると共に猛然と食欲が起こってくるのを覚えた。テンダーロインの大きな塊りから一キロほどヘンケルの牛刀で切り取り、塩と荒挽きのブラック・ペッパーを振った。玉ネギを二個ミジン切りにする。ガス・レンジに大きなフライパンを掛けてサラダ油を流しこむ。煙抜きのファンを廻した。やがて、オイルが煙をあげはじめた。速見はそこに五十グラムほどの牛脂を放りこんだ。菜箸で掻き廻す。牛脂は焦げながら溶けた。脂がはぜ、速見のシュッティング・グラスに飛び散る。フライパンのまわりからときどき炎があがった。速見は一キロのテンダーロインをフライパンに入れた。にぎやかな音と共に、脂はさらに飛んだ。ビーフの肉汁があまり逃げないように、三十秒ほどで速見は肉を引っくり返し、高熱で両面を硬化させた。また三十秒ほど待ってガスを中火にし、買ってきてあったポテト・サラダに玉ねぎのミジン切りの一個分を混ぜた。ミディアムに焼いたステーキを大皿に移し、その脇にポテト・サラダを盛りあげる。フライパンに残った牛脂と肉汁のグレーヴィに残りの玉ネギのミジン切りを放りこんで掻き回し、キツネ色に焦がした。そこにショーユと砂糖を入れて沸騰させ、日本酒を一合ほどぶちこんだ。そうやって作ったグレーヴィ・ソースを焼けたステーキの上から流し、テーブルに運ぶ。まだ中心部にわずかに血が残るステーキを、ナイフとフォークでいそがしく使って貪り食う。ときどき、ポテト・サラダで口の中の脂を取る。