それは夢のようではない。正しく夢だった。
優しく微笑む彼女と、普段しないようなにこやかな表情を浮かべている自分。
それは正しく夢であったが、確かな感覚でもあった。小さく柔らかな彼女の手の感触。そこから伝わってくる彼女の体温。
夢の内容はあまりよく覚えていない。思い出そうとしても、どこか白い靄がかかってすくい取ることができない。
確か故郷の浜辺を彼女に手を引かれながら歩いていたような気がした。付き合っていた頃には叶わなかったことだ。
「疲れるのが嫌だ」「ヒールしか靴を持っていない」と言って、レジャーの類には一切ノッてこなかったのを覚えている。
逆に彼女が行きたかった旅行は、俺が貧乏なせいで一度も行けなかった。
昨年までの今頃はクーラーの効いた部屋でセミの鳴き声をBGMにセックスをするか、気温の下がった夜に祭りへでかけて花火を観ていたっけ。
月曜日の到来を告げるアラームで目が覚める。先ず最初に映ったのは、彼女がいた痕跡はすでに一切なくなっている筈の部屋。
起きてすぐ頬に違和感を感じ、反射的に手が伸びた。俺は、泣いていたようだ。
布団からしばらく動けなかった。体を丸め、数分うずくまっていた。それまでに感じていたものが現実から夢になるのを待った。夢で再会した彼女が記憶から消えていくのを眺めていた。
これで何度目だろう。やる気を出そう、頑張ろうと決意した日の夜に限って彼女は毎回夢に現れる。そして俺の気力を奪っていくのだ。
何故だ。彼女にまつわるものは全て処分した筈だ。食器も、シーツも、化粧品も歯ブラシも、写真もプレゼントも何もかも全部だ。
なのに何故、なぜ…どうして。 つらい