ものすごい恋をした。
ものすごい、恋をした。
最初に会った時、飛行機が着陸して、機内モードを解除すると、数秒後にツンツンツンと急激に電波を拾っていくような、あんな感じがあった。
初めてあったのに穏やかで居心地が良かった。お互い何を考えているか分かっちゃう。
まさかそんなエスパーみたいなことは当然ないけれど、別に相手が何を考えていようがそんなこと取るに足らぬことだと、
ただ二人一緒にここにいることそれだけで何事にも足るのだと、そんな感じがした。
彼が選ぶものはなぜか私が好きなもので、私が選ぶのはなぜか彼が好きなもので、
だけど「ああ趣味が一緒だね」などとそんな俗物的な会話をするでもなく、まるで何年も一緒にいたかのように、
お互いの好みがかぶるのは当たり前だという前提で全ての選択をしていた。
食べ物も、飲み物も、買うものも、私は私で彼は彼だったけれど、だけど私と彼は大部分が一緒だった。
ああ、昔数学でやったな。いくつもの円の共通範囲を拾っていくやつ。それでいえば私と彼の円は、大きく重なっていた。
これは恋だと思う。
相手を思うと笑みがこぼれ、会話を思い出してはニヤニヤし、LINEを読み返しては眠りにつく。
恥ずかしいことを思い出しては頬を染めて地団駄し、そして、叶わない明日を描いては苦しくなる。
もう少し、早く出会っていたら。
あと少し、私と彼が子どもだったら。
それかあと少し、私と彼が大人だったら。
恵まれた生活と恵まれた交友関係と、ドラマチックではないけれど日々満ち足りた幸せを感じられるこの日々が愛おしい。
仕事も友人も恋人も、どれが欠けてもこの幸せは続かない。いわば小さな幸せが積み重なってできた幸せの日々を送っていた。
彼に出会ったのはそんな時だった。
彼は、彼という1つの要素だけで、他を圧倒するくらい多大な幸せを与えてくれるものだ。
一緒にいられれば、それだけで幸せだと、そんな甘ったるい映画のようなセリフを私に吐かせそうになる人だ。
だけど私は選ばない。そして彼も選ばない。
凄まじい影響力をもった単体の幸せよりも、
小さな幸せが複雑怪奇に絡み合って生み出してくれた今を、私も彼も生きて行く。
だから言わない、彼も決して言わない。
恋をしたなど、断じて言わない。