これは女性蔑視の批判が来るだろうなと思ったので何か書こうかと思ったけど、『「挑戦的な」デザイン』を解説するのも野暮だしやめとこうかと思ったけど
togetterのまとめとかshiro氏のブログとかを読んでやっぱり言いたくなったので書く。
togetterのまとめをまとめると
批判は
反論は
ぐらいだろうか。たぶん議論の領域が違うだけでどの意見も正しいんだろう。
でもtogetterにも「この表紙を偏見というなら女性への偏見というよりもロボットへの偏見だろう」みたいな意見が出ている通り、この表紙の本当のテーマはロボットの知性とは何か、だと思う。
例えば
という所からもそれが読み取れる。
それで結局、ロボットに知性は宿り得るのだろうか?
チューリングテストとか中国語の部屋とかをググってもらえれば分かるけど、明確な答えはないというか、もはやそれを考えること自体に意味があるのかと言わざるを得ないのだ。
もしこの表紙からメッセージを読み取るとすれば、知性とは本質的に多面的であって一方的な意味づけは無価値だということだろう。
そしてあるいは、ジェンダーもまたしかり、といった読み方もできるかも知れない。
つまりshiro氏の言う文脈を重視するか否かという点はまさにこの表紙の主題だと言いたいのだ。
人工知能における文脈の消滅を分野の外の人に上手く伝える本当に素晴らしい表紙だと思った。
これは女性型ロボットであって生身の女性じゃない。 正確に言うと女性型ロボットでも生身の女性でもないけどね 絵だよ 絵だから、あれが女性型ロボットなのか、生身の女性なのか...