2022-09-05

おばあちゃんが亡くなった

父方の祖母である

2021年12月末に亡くなった。

ちょうど地元帰省したときのことだ。

なぜ今になってこの話を書くのかというと、

今、おばあちゃんが亡くなったことを受け入れられたと思ったからだ。

こんな時間だが、気持ちの整理のために雑に書き出したい。

モンハンをしている最中風邪を引いた子どもが起きた。

嫁は明日から新しい職場仕事からゆっくり寝かせてやりたい。

子どもと俺は別の部屋で寝ることに。

とりあえずトムとジェリーを見せて布団の用意をする。

その後に食器洗い乾燥機にかけた洗濯物をしまう、リビングの片付け。

夜間障害電話がかかってきたか対応する。

今日に限ってすごく忙しかった。

全て終わらせて布団に横になったとき、ふとおばあちゃんのことを思い出した。

思い出したのはおばあちゃんが喜んでる顔だった。

理由はわからない。

婚姻届証人欄はおばあちゃんに書いてもらいたいと言ったときの驚きと喜びに満ちた顔。

嫁に俺が小学生とき写真を見せながら思い出話をする嬉しそうな顔。

おばあちゃんカラオケ大会に出場したとき、俺と嫁が一緒に選んでプレゼントしたブレスレットをつけると上手く歌えたという話を何度もしているときの顔。

唐突におばあちゃんに会いたくなった。

ももういない。

二度と会えない。

そう考えると不安気持ちに襲われて、居ても立っても居られなくなった。

涙が止まらなくなって、子どもの横でボロボロ泣いてた。

癌を患っていた。

亡くなるまで全く気づかなかった。

今思えば、数年前からカツラかぶっていた。

なぜ癌だと気づかなかったんだ。

おばあちゃん最期まで俺に心配をかけまいとしていたのだろう。

亡くなる直前まで、二度会えなくなるとは思いもよらなかった。

去年の年末にお見舞いに行ったときは既に意識がなかった。

正直、混乱していた。

なにを伝えればいいかからなかった。

今までありがとう、と一言声をかけた。

声が震えて、それしか絞り出せなかった。

想いを伝えるには遅過ぎた。

翌日、息を引き取った。

まるで俺の帰りを待っていたかのようだった。

現実味がなかった。

おばあちゃんちに行けば「よく来たねえ」って迎えてくれる。

そんな気がしていた。

不思議と涙が出なかった。

葬式火葬淡々と終え、東京に帰り、いつもの日常に戻った。

まりにも突然過ぎて亡くなった実感がなかったせいかもしれない。

仕事子育てモンハンで忙しい日々を過ごしていたからきちんと整理する暇がなかったせいかもしれない。

なんというか、うまく言葉にできないけど、おばあちゃんが亡くなったこから逃げてたような気がする。

でも、今はもういないということを心で理解できたと思う。

おばあちゃんとの思い出を思い出すとまだ涙がたくさん出てくる。

でも、うまく言えないけどそれでいいんだと思う。

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