まあ根本は馬鹿なのが問題なんだけどちょっと同情する部分もあるというか。
35歳の私は大学時代にWindows95が発売されてその後パソコンが一気に普及して自宅でも大学でもパソコンは結構使っていて、
インターネットも利用していたんだけど基本的にはサイト閲覧だけだった。
もちろん一部の個人が開設していたテキストサイトとかはあったけど、ドシロウトが「ホームページ」を作れるなんて知らなかった。
掲示板てものに書き込んで見ず知らずの人とやり取りをしたのもこの頃かな。
その後ウェブログという言葉を知って徐々に普及し始めたんだけど人との繋がりとかほとんど無かったというか、
それこそただの日記の公開みたいな感じだったと思う。
ただ、人との繋がりが無かったからこそ世界中に開かれた場であることを認識していた気がする。
ソーシャルネットワークなんて言葉はそれからだいぶたってから知った気がする。
ミクシィが始まった頃かな。
で、
こうして振り返ると私より上の世代は個人が情報発信するまでにいくつかの段階を経験してきた。
閲覧のみ → 掲示板書き込み → テキストサイト作成 or ブログ作成(誰も見てないけど地球の裏側の人も見れる) → SNS(ブログ+仲間との繋がり)
情報発信する前段階として観察する期間があって他人の成功や失敗を見てきた。
次に匿名で掲示板やサイトやブログ作成して情報発信をして、ミクシィで人と繋がったりコミュニティを利用したりした。
で、
最近の馬鹿たちの話に戻ると、彼らは気がついたらそこにいきなりSNSがあった世代なのかなあと。
観察して何かを感じて何かを学ぶ過程を知らずに、仲間と繋がるツールを与えられた。
仲間や繋がりのことは意識するけど、その画面の向こう側に広がるインターネットを意識するのは難しいよなあと思ったり。
もちろん馬鹿な彼らと同世代の中でもちゃんと学んでわかっている子もいるだろうしそういう子のほうが多いのかもしれないので、
結局馬鹿が馬鹿なだけってのもわかるんだけど、それもなんだかなあと。
で、
タイトルなんだけど、
例えば某巨大掲示板なんかだと匿名で好き勝手にレスしててちょっとおかしい内容だったりすると、
「半年ROMれ」とか言われちゃってカッとなってレス返すとフルボッコで涙目になるとかあったりして、
その時の「半年ROMれ」って「半年ROMって勉強しろ」というよりは「うぜえから消えろ」の意味だと思うんだけど、
実はやっぱり「半年ROMって勉強しろ」の意味もあるんじゃないかと思ったり。
実際、ROMって雰囲気を掴むとか傾向と対策を学ぶとか、情報発信の前にやること色々あるよってことで大事なんだなあと。
で、