2024-11-17

お盆の終わりを知らせる蝉の声が、夏の湿った空気をほんの少し軽くしていた。

親父と一緒に長野の親戚の家に向かう道中、親父は何度もエンジン調子を気にしていたが、結局それはただのクセのようなものだった。

目的地に着くと、伯父がすでにそこで大声を張り上げていた。

彼は高卒市議で、その肩書きを妙に誇らしげに見せつける人間だった。

「○○君も大学生か!」と伯父が声を張る。「小さい頃よくだっこしてやったんだぞ!がっはっはー」

「覚えていますよ」と僕は答えた。嘘ではない。覚えていないことも、覚えていることにしてしまうのが僕のささやかな特技だ。

「どこの大学に行っているんだ?」伯父が聞く。

東工大、あっ、東京工業大学です」と僕は言った。

伯父は眉を上げ、「そうか、工業大か!高校時代遊びすぎたんだろ!でも浪人しなくてよかったな!」と声を張る。彼の大声には、相手の答えを飲み込んでしまう力がある。「お前と同じ年の息子の××覚えているだろ!深志から信大工学部だぞ!」(勝利者宣言だ。)

その時、親父が無言で瞳を潤ませているのに気がついた。彼の沈黙は、長年培った武器のようなものだった。

「おい、信大生こっちこい!」伯父が自分の息子を呼びつけた。「○○も大学生だ。○○と昔よく遊んだだろ!」

呼ばれた××が、鼻高々でこちらにやってきた。「○○、久しぶり!元気か?」馴れ馴れしいその声には、何かを測りに来たような意図が見え隠れしていた。

「あっ、叔父さん、こんにちは。俺、今年から大学生になりました」と××は続ける。

「そうか、大きくなったな」と親父が言った。その短い言葉には、他に語るべきことなど何もないという静かな強さがあった。

信大に行っているんですよ!」××が得意げに言う。「○○君はどこに行ったの?」

東工大」と僕は短く答えた。そして、なぜか最後に軽く笑った。

その瞬間、伯父のニヤつきがどこかへ消え、××の顔から血の気が引いていくのがわかった。言葉の間に漂う奇妙な静寂が、二人の間に重たく降り立った。

「○○に勉強教えてやれよ!」と伯父が言ったが、それは空中で霧散したように聞こえた。

「みっともないからやめてくれよ、親父」と××が言った。声は小さく、そしてひどく痛々しかった。

伯父は何かを言おうとしたが、結局何も言えなかった。××は伯父を半ば引きずるように連れ出し、それ以降、彼らが僕たちのテーブルに加わることはなかった。

帰り際、親父の顔をちらりと見ると、彼は珍しく晴れやかな表情を浮かべていた。その横顔は、これまで僕が見たどんな父親の顔よりも、親としての何かに満ちていた。

一方で、玄関先で伯父の充血した目と一瞬目が合った。それは、彼の中の勝者がどこかへ消え去ったことを告げるものだった。

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