感想を補う。
ある種の後味の悪さについて。
バッドエンド気味になることは、事前に予期できる。現代の視点から語られる時点で、犬王は歴史的に何も残さない。琵琶法師がロックをやってました、も残ることはない。山田監督のアニメ、平家物語でも同じ。最終的な破滅に向かいながらも輝く人間の生き様が描かれることは予期できる。
ただ、2人の主人公の末路。1人は最後まで自分の名前と信念を曲げずに処刑され、1人は権力に従うことで生きながらえる。このとき、平家物語なら権力から追い落とされた権力が滅ぼされる、諸行無常。繰り返される人の業。犬王では権力に滅ぼされるのは文化だ。一世を風靡した文化が、権力者の一存で滅ぼされる。それがアニメ、映画という文化で描かれる。ジレンマ。
これをある種の比喩にも感じてしまう。何らかの滅びの予感か、全盛期を過ぎたことへの諦念か。または、多数派におもねらなければならないことへの皮肉か。どんなに優れた表現者にも限界があり、志を曲げて生き残るか、曲げずに消えるという選択を迫られてしまうのか。そういう現実的な風景が頭にちらつく。
アニメ映画の「犬王」、Amazonプライムで見れたから見た。ある程度前評判通り、良い部分もそうでない部分も。という感想。 湯浅監督のファンなので、相変わらずアニメでしか表現でき...
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