2021-05-29

子を産んだ

 子を産んだ翌日の夜。トイレから帰ってきて取っておいたミカンを食べ、もう寝るつもりで個室の電気を消した。豆電球、と今は言わないのだろうか、小さなオレンジの灯りだけでもなんとなく目が冴えてしまって、アイマスクを着けた。真っ暗。これがよくなかった。出産のことと、同じフロア新生児室にいる息子のことを思ったが最後、しゃくりあげながら泣いてしまった。アイマスクの中が涙でぐちょぐちょになった。

 分娩台には十一時間いた。子宮口は開いているが赤ちゃんが出口に降りてこない、もう少し粘って産まれないようなら緊急帝王切開になると言われてから、子が出てくるまでの二時間永遠に感じられた。そりゃあもう孤独だった。先生は最善を尽くしてくれたし、当直の助産師さんは優しかったけれど、あの苦しみは誰にも共有できない私だけのものだった。痛みに耐えるとき、私は目を瞑った。これは嫌な夢だと思うことにした。夢ならいつか終わるから不思議もので、数十秒ごとに来る激しい陣痛の波の中、本当にまどろんでいた気さえする。

 はじめはその孤独を思って、少女みたいに泣いた。次にはこの体験と引き換えに得たものを思って、自分のこれからに泣いた。

 これが産後ハイと呼ばれるものだと、後から知った。ただ、その四文字で終わらせるのにはあまりにも悲しいから、文章に残しておく。

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