母親は布団叩きでぶつか、ベランダに閉め出すか、いないように振る舞う人だった。
言葉を交わしたことはほとんどなかったと思う。コミュニケーションを取ったのは家を出て何年か経ったあとだ。
母親は私に触られるのを嫌がっていた。体温が気持ち悪いと言った。触るときはぶつときで、それはとても痛い。
死なせず育てただけで上出来な人だ。
たまに、私がベランダでも廊下でもなく、同じ布団で寝たときに嗅いだ母親の匂いが好きだった。
虐待されていたことを知らなかった。今では知っているけれど、それでも恋しいと思う。
当時の母親の体臭と今の私の体臭はとても似ている。血の繋がった人間は同じ匂いがする。
最初はたぶん幼稚園の時で、触られて写真を撮られた。相手のことも触らされたのを覚えている。
成長してからは写真はないけれど、最後までやられたことがあった。行きずりの人、先生。治安の悪い地域に住んでいて、私は無防備だったと思う。
母親と違ってぶつことはなく、関心をもってくれていて、スキンシップは心地いい。
レイプする人間はぜんぶ同じで、背中に恐れの匂いを背負っている。誰かに見つかるのを恐れている。私のことは恐れていないようなので安心していたし、相手の怯えをなだめなければと思った。
性教育で習うレイプの悲惨さとは全然違って誰にも言う必要性を感じなかった。
触られるのが嬉しかった。