2020-08-07

冷凍餃子の子

まさに父親だった。

ちなみに夏にはそうめんは手抜き、冬には鍋は手抜きという派生形がある。

子供が真似するからよくないとの指摘があったがその通りである。実際自分子供立場として父親の真似をしていた。

言い訳しかないのだが、それが如何に用意してくれた人に対して失礼なことなのか、自分と両親だけの狭い社会の中では理解していなかった。

一人暮らしを始めて、自分家事をするようになった。家族以外の考えに触れる機会が増えた。するとかつての自分父親の真似だったとはいえ、とんでもないことを言っていたことに気付いた。

久しぶりに実家に戻ると、意味不明なことを喚いては母親馬鹿にし続ける父親がいた。

母親はいつもは我慢している。

というのも、父親は少しでも言い返そうものなら「誰が稼いでるかわかっているのか!出ていけ!」と逆ギレをぶちかまし、とてもじゃないが話し合いができるような人間ではないからだ。

でも母親もずっとは我慢はできない。たまに爆発することがある。幼い頃の自分は、それを突然キレ始めるなんてキチガイかよだなんて思っていた。

今見ればなんてことない、キチガイ父親だった。

懺悔



他にもこういったエピソードが重なり、他人と話す際に自分価値観汚染されていて、無意識のうちに非常識なことを言ってしまってるのではないかと常に悩みながら過ごしている。

正直精神的にかなり疲れるが、社会に溶け込むためには、やめることができない。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん