自分の部屋の隣は父親の部屋で、鬱で療養中の父親は眠っていない限りおかえり。と笑顔で言ってくれた。
この日は何も言ってこなかった。
父親が大好きだった私は、何も言われない日はきまってドアの下の隙間をのぞき、部屋が暗いこと(当時の私の思考は部屋が暗い=寝ているだった)を確認した。
夕日がさしていたので真っ暗ではなかったが、薄暗かったので寝ているだろうと思い、そっとその場を離れた。
しびれを切らした母親が起こしに行ったが、帰ってこなかった。
母親の叫び声が響き、一緒に住んでいた母方の祖母、祖父が二階へと駆け上がっていった。
一人置いていじゃれ戸惑う私に祖母は、
「お父さんもうだめかもしれない。目が真っ赤なの。」
そう言って慌ただしくまた二階へと駆けていった。
父親は首をつって死んでいた。
その後は何が何やらわからぬまま警察や消防が来て、葬儀屋が来て、親戚が来て、
よくわからないまま終わっていった。
なぜか棺の前で親戚にピースをさせられ写真を撮られたことと、怖くて骨が拾えなかったことはよく覚えている。
しばらくしてから遺品を整理し始めた。
そんな母が嫌いだった。
そんな母と二人で大好きでたまらない父親の遺品を整理しなければならないことがとてもつらかった。
逃げれば捕まえられて殴られることが分かっていたので、おとなしく遺品の整理を手伝った。
手帳を見つけた。
中身がなにもないなら破棄するといわれたので、ページをめくって確認した。
一番最後のページだけ、一言だけ、大好きな父親の字で書き残されている言葉があった。
そこには、
(母の名前)、ごめんな
とだけ書き残されていた。
私は、父親に見放された。
大好きだったたった一人の父親に見放された。
子供ながらに頭を大きな金棒で殴られたかのようなショックを受けたことを覚えている。
今でも、トラウマ。
どうでもよかったんなら笑顔で「おかえり」なんて言ってくれないと思う
今日も女は毒親叩き
小説