2019-03-12

虐待と躾の境界線

6歳の男の子虐待動画について、バイキング議論されていた。

暴力を伴う「躾」はNG、だけれども、「躾」自体はよい事だというのが、共通見解だった。

けれども、人は「躾」をする時に、暴力を伴わなくとも、きつい言い回しで、脅し文句や(○○しないと、おやつあげないよ、とか)、突き放したセリフ(好きにしなさい、置いていくよ、とか)を日常的に使うケースは思いのほか多いように思う。

自分に置き換えてみればわかるのだが、決して気持ちの良いものではないし、モチベーション自己肯定感を上げるものももちろんない。

けれども、そうしないと子供コントロールできない。

それ以外の、子供コントロールする方法を、私達は知らない。

そもそも「できない」人間に対し。何かしらのペナルティーを科すことを普通だと思っている人間に、躾を理由にした虐待をとやかく言う資格があるのだろうか、と思えてならない。

対子供に限らず、対大人に対しても、似たようなことを私たちはやってしまいがちだ。

モラハラセクハラいじめなどなど。

相手不快な思いをさせることで、人をコントロールしたり、自己肯定感を維持させたりしている。

対子供に対する「虐待」だけを人は非難するけれども。

みんな、対大人に対する嫌がらせ普通にしているし許容している。

  • こういう時こそ海外の子育て術を取り入れたらいいのに 幼児教育とかそんなのよりよっぽどいいのに

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