2019-02-11

リスペクト

最近週刊少年ジャンプで連載している「アクタージュ」にはまっている

もう10度は読み返したかもしれない。

 

この物語は丁寧に編まれた成長譚だ。

登場人物たちを掘り下げ、苦悩を描き、そこから前進を一つ一つ綴る。

その物語の一つ一つが美しくて、そして、応援したくなる。

作者、編集者、そして関わっている方々に敬意を表しつつ、引き続きエールを送りたい。

 

 

一方で、ネットには心無い書き込みも多く見かける。

例えば「アクタージュの銀河鉄道宮沢賢治原著理解していない」といったコメントも見かける。

私にはこれが良くわからない。

 

この物語において、銀河鉄道物語テーマを構築するピースの一つでしかない。

からこそ、物語中でジョバンニとカンパネルラの背景も位置づけも再定義されている。

それは宮沢賢治銀河鉄道とは少し違うのかもしれない。脚本とは元々そういうもののはずだ。テーマに合わせ、物語表現も重心も変わる。

 

アクタージュの銀河鉄道として解釈することに何かの問題があるのだろうか。

そういう解釈表現があって、困ることがあるのだろうか。

自分が、また違うインスピレーションを持てる―、成長できる可能だってあるのに。

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