2019-01-17

法を電子計算機執行させるということ、あるいは連続システム幻想

入場ゲートを設けて係官が荷物検査をすると、まあ禁止物品が何%持ち込まれて、そのうちの何%が見つかって、何%がすり抜けて、何%が持ち込み断念される、という推計ができるだろう。生産ラインを設けて機械大量生産すると、まあ不良品が何%発生して、そのうちの何%が見つかって、何%がすり抜けて、何%が保証間内ギリギリまで動く、という推計ができるだろう。

法を電子計算機執行させるということはこれとは異なる。もちろん電子計算機という機械正規分布に従って故障し、破損する。しか入力情報の体積に対して正規分布に従った出力は返さない。

電子計算機執行させた規則には例外がない。境界領域がない。理念も、倫理もない。一貫していて、再現性があり、連続性がなく、離散的である情状酌量もないし、似た概念間の援用もない。「似た」という概念がない。これはプログラマーにとっては極めて当たり前だし、ただの利用者でも馴染み深い人は多いだろう。問題なのはもちろんこれがまだ一般人にははっきりと言語化されて理解されていないということだが、ここ数年でこの問題に直面しているのは、実は立法司法と法執行なのではないだろうか。事件が起きるたび、規則が作られるたび、情報処理技術関係者は「明確な基準を示せ」という声を上げる。彼らは基準と、基準の適切さと、執行に逸脱がないことにしか関心がない。

彼らの世界では、法は書けばそのとおりに「なる」のだ。

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