土俵っていうのは比喩なので、女性が上がることを禁じられて炎上するような土俵のことではないんですが、枠組みとかジャンルとか、プラットフォームとか、会社とかそういうのです。
昔はネットなんかなかったから、一次ソースに触れる機会なんてなくて、せいぜい自分の半径5kmとかそいいうなかで自分のスキルを比較していればよかった。
でも今は全国、ましてや全世界に自分の何かを図るものさしがあるので、そいうい規模で見たら自分を肯定的に評価するのが難しくなってくる。
なんでコミュニティにおける評価軸のようなものを持っていることが大事(超ざっくり)、のようなことを言っていて、
「ハァフゥーーンなるほどほどなるわかり味がある。なんせ文も平易なので俺のような人にもわかりやすい」と感嘆していたのですが、それを切に実感している。
ツイッタ初めて中頃から感じてたSNSへの不信というのはまさにこれであったのだと。
なんか評価し合う人たちがいて、まさに彼らはコミュニティに軸足を立てて評価される場を作っていたのだと実感した。
で、微妙に居心地が悪くなったりして辞めたり再開したりのメンヘラムーブをしていた。
勝てない土俵っていうのはこれのことで、ツイッターなんかは技術者にとって、半分インフラに足をつっこみかけてるのでたちが悪い。
勝つムーブというのがあり、たぶん大手広告代理店とかインフルエンサー斡旋してる会社なんかはそいうの研究してやってるんだろうなと。
でそれに憧れたアホは勝手にそのムーブをするので画一的なものになっていくのはわかりきっている。勝ち続けるにはそういうのを追ってく必要がある。
アホくさ・・