「中国で人権弾圧が行われている」として、そこからなぜ「断交」して欲しいかをロジカルに説明できるならいいんじゃないか?
何でもかんでも事前に用意したフィルターを掛けて正邪を決めてから考える場合には「人権弾圧」と「断交」の間に絶対ロジックの飛躍が出る。
飛躍が出れば、その飛躍について行ける「お仲間」以外にはイデオロギーまみれの思い込みにしか見えなくなる。
自分でロジックを組み立てて、他人になるほどと言わせることができれば、それはすごく価値のあることだし、言論空間を豊かにする。
起点が事実なら、他人もその前提の妥当性やロジックの飛躍が無いか検証できる。イデオロギー(正邪認定)起点だとそれができない。
ああ、それじゃ「正しい(正解の)意見」が何か解らないじゃ無いかっていってるのか。
はてな民の考え方に違和感感じていたのはそこだな。「正解の意見」を求めるから、
「正解不正解」を簡単に判別してくれるイデオロギーに流れるんだよ。
↑↑は「正しさ」より自分の意見をロジカルに説明できる方が周囲の人と政治を語るには大事と言ってるだけで
そうすれば「正解」の意見が持てるとは言ってない。
具体例のような一つの事実だけを元にして推論した考えが正しいと言えるのだろうか?またその事実はたくさんの事実の中からどういう優先度で選ばれるのか。 例えば「中国で人権侵害...
「中国で人権弾圧が行われている」として、そこからなぜ「断交」して欲しいかをロジカルに説明できるならいいんじゃないか? 何でもかんでも事前に用意したフィルターを掛けて正邪...
事実を元にロジカルにがディベートの基本というのはその通り。 でもいくら事実を元にして論理的な主張をしても、「医療費がかかる事実があるから(中略)タバコは禁止」「タバコが...
これって要はボクチンはマジョリティ側で安寧としてられるからマイノリティからの要求をできるだけ小さくしたいんだもん!っていうクズの理屈だよなぁ
何が正しいかでなく、自分はどうして欲しいかで考えよう→正しいのかーーー! マジ草