2018-08-10

スポーツの「応援圧力」が嫌いな方々への違和感

オリンピックサッカーW杯高校野球。そういった「報道がそればかり」「応援しよう」というイベントが開催されると、ことさらに「興味がない」「無理矢理応援させられているようで苦しい」などと言われる方々がいる。

僕はこれらのスポーツイベントが好きだ。

しかしそういう方々もいらっしゃるだろうし、そう思うこと、その意見を発表されることは個人自由だと思う。

ただ、そういった方々は少数派の問題(LGBT夫婦別姓問題環境問題など)になると、とたんに「これは全国民において理解必要である」「この問題についてこのような認識はありえない」などと、「圧力」をかけてくる割合が高いと思う。

そこにおいて「興味がない」という発言は、嘆かわしいものであり、先進国に住む国民としてありえないことであり、知性や道徳心の欠如であるかのごとく言われることもある。

別にオリンピックを見なくても、サッカーが嫌いでも、そこまで言わないよ、と思ってしまう。「あ、そう」という程度。

なのになぜ…と思ってしまう。

もちろん、それらは政治的問題であり、単なるスポーツイベントとは一線を画すものである。それは確かなのだけど、いざ少数派の問題に興味を持っていて、その方の発言を追っていたとき自分の好きなスポーツイベントをわざわざ「興味がない」「興味を持つ人の気持ちがわからない」と言われると、反感を覚えてしまうし、なんとなくそういう問題は放っておこうかな、となってしまう。少数派の問題から当事者でない人間にとっては放置しておいても支障はないから。

からと言って発言するべきではない、と述べているわけではない。ただ僕はそう感じると述べているだけで。単純に違和感があるだけだ。

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