サザエさん一家の姿が保守派の男性には理想的にみえるらしいんだけど、長谷川町子自身は「威厳のあるパパ」というのを賛美はしていない。むしろ、「威厳のあるパパ」を演じようとする波平が失敗して滑稽になるパターンをよく描いている作家だといえる。アニメで古き良き母の立場を与えられているフネさんは、原作ではよくヒステリーを起こして波平と口論するし、離婚を申し出るというネタもいくつかある。サザエさんはボランティアや社会活動に熱心だし、オシャレに関心のある自立した精神をもつ女性として描かれている。そのように女性が自由に振る舞えていた漫画サザエさんの家庭は、昭和当時でも現実から離れたものだと評されていたらしい。いまアニメのサザエさんは確かにそういった漫画サザエさんの側面をそげおとして、「古き良き日本の家庭」という幻想の代表的なシンボルを体現しているように思えるかもしれないけれど、アニメの準拠している原作の存在を知っている観客たちは、必ずしもサザエさん一家が保守派の考える「古き良き日本」を体現しているとは感じないはずだ。これはなにも保守派の問題だけではなくて、反保守派の人もつられて、漠然としたイメージで否定すべき像としてサザエさん一家を用いていることを見ることが多くあるのは悲しい。実際に原作のサザエさん一家を読めば、保守派の考える「古き良き家庭」ではないところで、多くの人が「こうあってほしい」と思えるような家庭を描いていて、だからこそこれだけポピュラリティを獲得しているんだということも実感できると思う。