その成果も反応も消失した原因が
物量的に許さざるを得なくなった瞬間からの話だろうが。
増田は心の闇や現実で解消しようのない今にも窒息しそうな怨嗟を文字に起こしたブログが
ネットであるにも関わらず極めて現実世界に接近し接触してきてることで
それは負の感情を吐露するという目的、真実を知ってほしいだけのために振るわれる能力であって
承認欲求を満たすエゴではないためフィクションの入り込む余地がないからであり
ネットを通して認識し合うことで現実を形作る裏が一体どのような形で日々過ごし渦巻いているのか
なわけねえじゃん。ある意味フィクションとしての増田が幅を利かせて場を腐らせてるっちゅうに 保育園でも喜び組でも若干過剰でしょ。タイトルとかそういうのが。 もういっこ言っと...
こないだ「宮﨑駿を舐めすぎ」とかわけわかんない喧嘩ふっかけた奴に似ている