最近見かけるコンテンツの大半が10年以上前に出尽くしたネタの使い回しのように思える。
ネットとは疎遠だった層のユーザが続々と流入し、一昔前に流行ったネタの劣化コピーをSNSに拡散するだけで非常に多くの人に承認してもらえる時代になった。
その結果、他人のコンテンツをパクって手軽に承認欲求を満たしたいというライトなユーザ層が極めて厚くなったのだろう。
これは大多数のユーザにとって、手軽に満足感と依存性を味わえるシステムが構築されたともいえる。
おそらく、新規に参入してきたユーザにとっては、それなりにハッピーな環境なのだと思う。
そもそも、一人の人間が一生の間に消費できるコンテンツの量は(非常に大きいが)有限である。したがって、ある程度までコンテンツの総量が増えてしまえば、コンテンツの新規性を判別することすら極めて困難となる。
新規性の判別が困難である上、新たなコンテンツを生み出すインセンティブが小さい社会がひとたび到来すれば、コンテンツの増加は非常に緩やかになり、再利用コンテンツの拡散速度にかき消される程度になるだろう。これから将来に渡ってコンテンツの異なり数が増え続ける必然性など存在しないということだ。
とはいえ、今はまだ過渡期である。今やマイノリティとなりつつある古参ユーザたちは、「新たなコンテンツ」を求めてネット上を徘徊する「老害」となった。
そもそも、一人の人間が一生の間に消費できるコンテンツの量は(非常に大きいが)有限である。 過去のネタをまとめたサイトが何回も何回もPV集めてるの見ると 「もう何一つ新しい...
ああ、それ歳取ったって世間ではいうんだよ。 若いうちはなんでも初めて触れるものだけど、 実際は同じようなものがほとんどなんだよ。 もうちょっと歳取ったら悟るから。